くちなしのはな
忍ぶれど色に出にけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
黒い着流しの青年の腕を一人の少女が掴んだ。
「貴方は何も言ってくれないんですね。」
「……」
「ふふ、わかっていますよ。貴方は口が聞けないって事は……」
「……」
短い沈黙が、少女――桜花と、青年――梔音の間に流れる。
「……でも、一つだけ約束してください。梔音、もし……もし、声が戻ったら、私のことをどう思ってるか聞かせてくれますか?」
「……」
梔音は桜花の言葉に小さく頷く。
「約束、ですよ。」
桜花は強引に梔音の手をとると、自身と彼の小指を絡ませ、指切りした。
「破ったら許しませんよ!」
「絶対、ですよ?」
桜花は届けられた手紙を無言で閉じた。
曰く、
梔音殿は味方を……総大将を守るため、一人敵陣へと単身で向かった。彼の犠牲がなければ、我が軍に勝機はなかっただろう。
そんな美辞麗句が長々と其の手紙にはつづられていた。
「どんな成果を残したって、梔音がいなければ意味ないです。」
手紙に涙の雫が滴り落ち、文字が所々滲んだ。
このままでは駄目だと、涙をぬぐうと、手紙から視線をそらす。
「……梔音。」
それは彼の遺品。
自分に何かがあったときのために、自分に届くよう手回しがしてあったらしい。
ゆっくりと包みを開けると、中に平たい箱が入っていた。
「……なんでしょう?」
箱を空けた瞬間、強い風が吹き、中にあった大小の紙が部屋中にまう。
「……あ、」
それにはたくさんの文字が書いてあった。
桜花に対する梔音の気持ち。
『好き』
『大好き」
『すき、だ』
『会いたい』
『御免」
それは声のない梔音の声だった。
「梔音。」
止まったはずの涙がまた溢れ出てきた。
最後に残った薄桃色の紙を手に取った。
『愛している』
それは彼の最後の言葉だった。
最初の詩は平兼盛の詩です。
意味は
心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようだ。
私の恋は、「恋の想いごとでもしているのですか?」と、人に尋
ねられるほどになって。
実際、梔音は声には出さないのですが、想いを紙につづったり、書いてはいませんでしたが、顔に出していたりしていました。
言葉より意味のある形。
それを悟ってくれたらうれしいです。