婚約破棄されましたが、前向きに考えてお言葉通りにしてみました
「婚約は破棄だ」
8歳の頃からの婚約者、レイシア王子にそう言われ、
『破棄』という言葉だけがティティスの中に響き渡った。
ティティスの家柄ならば10歳にもなれば魔法使いとしての才能が
現れる筈なのだが、17歳の今になっても炎も水も出せない状態だった。
この国には魔法使いの系列の家がいくつかある。
ティティスの家も魔法使いの家柄だ。
そして彼らは国を栄えさせて、災難から国を守る。
そして今、役に立たないと判断されたティティスは
王子の執務室で婚約破棄を言い渡されてしまった。
「殿下」 可愛らしい少女が王子の横に並んだ。
「見てくださいませ。お水が出ました」
少女の掌で水の球体が躍る。
「おお、これは見事だ。水不足になった時は助かりそうだね
アスティ、君はなんてすばらしいんだ」
王子は先ほどの吊り上がった目とは打って変わって、目じりをたれさせて
少女にニコニコとほほ笑みかけた。
殿下の鼻の下が長い。…いやだ。わたしったら現実逃避しているわ。
落ち着いて、取り乱してもいい事なんてないわ。
そんなふうに考えていると、王子の次の言葉が飛んできた。
「ティティスよ、お前にもう用はない。」
冷たく言い放つ王子の目はティティスを鋭く貫いて
そして勝ち誇ったようにこちらを見る少女はティティスを見下して
鼻で笑っていた。
魔法使いの家柄の少女…。おそらく新しい婚約者。
そんな…。いつの間に。いけない我慢しなくては。と、
冷静に 冷静にと耐えるティティスだった。
「わたしは…殿下にお話ししたい事があったのです」
「今更もういい。わたしは話す事はない。聞くつもりもない」
「お待ちください。どうしても聞いていただきたいのです」
「しつこいな。追い出される前に、出て行くがいい」
ティティスは身を引くしかないと思ったが、念のために確認をした。
「破棄…ですか?」
「そうだ、破棄だ。なかったことに。白紙に、何もなかった状態に」
ティティスの中で言葉が繰り返された。
「承知いたしました」
「わかればいい。さっさと城を去るがいい」
*
城の廊下で王妃さま──レイシア王子の母君にお会いしたが、
そっぽを向いて挨拶すら返してくれなかった。
お付きのメイドたちがクスクス笑う。
城の見張りの騎士も、庭師すらティティスがそこにいないかのように
見て見ぬふりをした。
もう、本当にダメなのだわ。
ティティスは絶望のまま、城を後にした。
*
ひとまずは城下の屋敷に身を置いて、明日は本家に帰らなければ。
今頃はもう婚約破棄の通達が家に向かって行っているだろうな。と
思うティティスだった。
魔法が使えないと思われて婚約破棄。いいトコなしのわたし。
…ウケる…ってヤケになっている場合ではないわ。
前向きにならなくては。
そうよ。お言葉はなにより大事ですから、せめて最後ぐらい
殿下が仰るようにしましょう。 それがせめてものわたしの誇り。
*
翌朝、街外れの木が池の中に生えた。
正確には、突然木の周りに池ができて、木がその中に沈んだ。
だが、それほど大きな池ではないので、気にする者は誰もいなかった。
その数時間後、今度は数十本が大きな池の中に沈んだ。
「お嬢様、そろそろお帰りにならないと」と、丘の上で街を見るティティスを
メイドのルティが呼びにきた。
「ええ、でも名残惜しいわ。それに殿下に最後のご挨拶もしたいわ」
「そうですね、ではお城に向かいましょう」
*
「殿下、最後にお別れのご挨拶にうかがいましてございます」
「ふうん」
ティティスの言葉に、王子は面倒くさそうに答えた。
「長い間、お世話になりました。殿下もお元気…」と
言いかけた所へ、家臣が飛び込んできた。
「殿下、一大事にござます。池が広がって、湖に」
家臣が指さす方向に、大きな湖ができていた。
あそこは山の頂上で、森だったはず。
そして湖から水があふれて川になって、城に迫っている。
バルコニーで、アスティはじめ、魔法使い見習いたちが必死に
水を止めようとしている。
「あらあら、なぜ止めますの?殿下のおっしゃるとおりに何もない状態に
しますのに」
「!!」
ティティスの言葉に、王子も家臣も言葉を失った」
「ど…どういう事だ?どういう意味だ?」
王子が問い詰めると、ティティスは「殿下のお言葉のままに」と
にっこりした。
「もっと勢いを。一気に流して!」
ティティスがパンッと手を打つと、水は勢いを増して流れていく。
「破棄。なかったことに。白紙に。何もない状態にします。
この城をなかったことに」
「!!!!ち…ちがう。そうではないっ」
「わたし、こういう事ができるようになったと、お話ししたかったのですが
殿下はお聞きにならなかったので、せめておっしゃる通りにしようと
思いました。
もうすぐ殿下が仰った通り、何もなかった事になりますので
しばらくお待ちを」
「やめろ…やめてくれ」
「今更止まらないです。でもご心配なさらず。流されるのは人工物だけで
人間は残るように魔法を調整していますので」
「そ…そんな事もできるのか…」
「できるようになったみたいです。今まで年月のロスタイムがあった分
魔力が強いみたいです」
「お嬢様、そろそろ」
「はい、それでは殿下、お元気で」
殿下の鼻の下の長さが元に戻ったけれど、
今度はなぜか顎がはずれたように長くなって…おかしいわね。
ご希望通りになったのに。
そうか、嬉しさのあまりどんなお顔をしたらいいか、わからなかったのかも。
ええ、きっとそうに違いないわ。
ティティスは前向きだった。
結界に守られた馬車で城下を進むティティスとルティの周りは
すでに水が溢れていたが、人と街は結界に守られて無事なので問題ない。
「待ってくれーティティスー!」
城の方から何やら声が聞こえたような気がするけれど、
何と言っても婚約は破棄なので、きっと気のせいでしょう。
*
「家へ帰ったら叱られるかしら?」
「大丈夫でござますよ。このルティ、どこよりも誰よりも素晴らしい嫁ぎ先を
探してごらんに入れます。実はわたしは隣国の出身です」
「まあ、あのスカンディ大国の?」
「はい。お嬢さまの魔力がなくても心から大切にして下さる方は
いらっしゃいます」
「それは嬉しいわ。よろしくね」
「おまかせください」
家へ向かう馬車の中で、二人は楽しそうに笑いあった。
*
無くなった城の跡は、大きな池になっていた。
山の湖から流れる水がところどころ滝になっていて美しい。
*
やがて国を治める力が無くなったレイシア王子はじめ王族たちは
スカンディ大国に亡命し、国は大国の領土となった。
*
ティティスはルティの言った通りにスカンディ国の貴族と結ばれ
幸せに暮らしている。
静かな屋敷で、夫とお茶タイムをしていて
「ティティスはこれから何をしたいかい?」と夫に聞かれ
「そうですね…。世界征服とか」
「あっはっは。君は冗談が好きだね。楽しい人だ」
本当にできることは、内緒です。ねっ。
めでたし めでたし。
読んでくださってありがとうございました。




