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消える家族

作者: 長谷川誠
掲載日:2026/06/04

「今度の誕生日は、いい物をやろう」


夕食の席で父が言った。


僕は箸を止めた。


父がそんなことを言うのは珍しかった。


「いい物って?」


「当日まで秘密だ」


父は笑った。


母も笑った。


妹も笑った。


僕もつられて笑った。


だが、その時は気付かなかった。


父の笑顔の奥に、どこか寂しそうなものがあったことに。




誕生日の朝。


僕は目を覚ました。


天井はいつもと同じだった。


部屋も同じだった。


机も、本棚も、カーテンも。


何一つ変わっていない。


だが、胸の奥がざわついた。


何かがおかしい。


そんな気がした。


部屋を出る。


階段を降りる。


リビングから笑い声が聞こえた。


知らない声だった。


僕は足を止めた。


ゆっくりとリビングを覗く。


知らない男がいた。


知らない女がいた。


知らない少女がいた。


三人とも楽しそうに朝食を食べていた。


僕は固まった。


「……誰?」


三人がこちらを見る。


女が笑った。


「おはよう」


男が不思議そうな顔をした。


「どうした?」


少女が吹き出した。


「寝ぼけてるんじゃない?」


僕は振り返った。


「父さんは?」


男が笑う。


「俺だろ」


「母さんは?」


女が笑う。


「私でしょ?」


「妹は?」


少女が呆れたような顔をした。


「私だよ」


僕は何も言えなかった。




学校へ行った。


友達に聞いた。


教師にも聞いた。


近所の人にも聞いた。


だが答えは同じだった。


知らない男が父親。


知らない女が母親。


知らない少女が妹。


みんなそう言った。


僕の知っている家族を誰も知らなかった。


まるで最初から存在しなかったみたいに。




家へ帰る。


僕はスマホを取り出した。


写真アプリを開く。


家族写真を見る。


知らない家族が写っていた。


海水浴。


運動会。


旅行。


誕生日。


どの写真にも知らない家族がいた。


僕だけが変わらず写っている。


アルバムも確認した。


結果は同じだった。


幼稚園。


小学校。


中学校。


どこにも本当の家族はいなかった。


一枚も。


最初から存在しなかったみたいに。




その夜。


眠れなかった。


何度も父の言葉を思い出した。


「今度の誕生日は、いい物をやろう」


その言葉だけが頭から離れなかった。


午前0時を過ぎた頃。


僕は書斎へ向かった。


何か残っている気がした。


本当の父なら。


何か伝えている気がした。


机の引き出しを開く。


奥に封筒があった。


僕の名前が書かれている。


父の字だった。


僕は震える手で封筒を開いた。


中には紙が一枚。


短い手紙だった。


『誕生日おめでとう』


僕は息を呑んだ。


間違いなく父の字だった。


『約束通り、いい物をやると言っただろう』


僕は黙って読み続けた。


『お前は昔から家族のことで不満ばかり言っていたな』


胸が痛んだ。


確かにそうだった。


父と喧嘩もした。


母に腹を立てたこともある。


妹をうっとうしく思ったこともある。


『だから新しい家族を用意した』


僕は紙を握りしめた。


『気に入ってくれるといい』


最後の一文を読む。


『これが誕生日プレゼントだ』


それだけだった。


たったそれだけ。


だが僕には十分だった。


意味が分かってしまったからだ。


壁に掛かった家族写真を見る。


そこには知らない家族が写っていた。


だが。


三人とも幸せそうに笑っていた。




翌朝。


リビングへ向かう。


知らない父親がいた。


知らない母親がいた。


知らない妹がいた。


三人は僕を見ると笑った。


優しく。


温かく。


本当の家族のように。


テーブルには誕生日ケーキが置かれていた。


ろうそくが灯っている。


少女が笑う。


「早く座ってよ」


女が言う。


「みんな待ってるわ」


男も笑った。


「主役が来ないと始まらないぞ」


僕は立ち尽くした。


昨夜の手紙を思い出す。


『だから新しい家族を用意した』


胸の奥が重かった。


何かを失った気がした。


とても大切な何かを。


でも、それが何だったのか思い出せなかった。


三人は僕を待っていた。


家族の顔で。


優しい顔で。


僕はゆっくり席に座った。


男が満足そうにうなずく。


ケーキのろうそくが揺れた。


静かな部屋の中で。


父が言った。


「誕生日おめでとう」(終)


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