第6.5話 資産価値の再定義、あるいは「玩具」としての査定
カメラの解像度が年々上がってすごいですよね
ドライバが不足しそうです
『管理者権限:官能のフィードバック』
(アレス独白)
退屈な会議だ。
ガウェインの正論が空気を震わせ、補助執行官たちの卑俗な好奇心が澱みのように溜まっている。だが、私の意識はもっと深い場所にある。
私は意識の触手を、ルーカスの項に刻んだ「紋」へと伸ばす。
そこは、かつて彼を護っていた「A-01」が、今や私を招き入れるための無防備な裏口へと成り果てた場所だ。
「……さて。どこまで動く?」
竜に呪文は必要ない。
必要なのは、強固な「支配のイメージ」と、世界を屈服させる「魔力の波長」だけだ。
私は隣に座る「共同財」の、閉ざされた精神領域へ、音もなく滑り込んだ。
書類の束を捲る事務的な指先とは裏腹に、私の意識はすでに「回路」の向こう側にあった。
私は、虚空を漂う観測カメラの一つに意識を同期させる。
魔力の波長に共鳴した光学ユニットが、主人に応えるように僅かに震え、絞り(アイリス)を絞った。
通常、A-01の演算回路に介入するには、幾重もの承認と複雑な構文が必要だ。だが、私はルーカスという「鍵」をその奥底へ差し込み、システムの深部を直接、自分の指先のように動かしてみせた。
(思考するだけで、世界が私に合わせてズームする。――愉快なことだ)
抵抗を試みたA-01に、竜の魔力波動を叩き込む。
瞬間、システムは「それが正しい在り方だ」と強制的に再定義され、私の望む「悦び」を網膜へと送り届けてきた。
(いい子だ。……そのまま、彼の喉の震えを撮れ。音声フィルタを回せ。雑音は捨てろ。彼の喘ぎだけを救い上げろ)
モニターの前で老いぼれたちが「映像の乱れ」を騒ぎ立てているようだが、知ったことか。
私の網膜には、絶望に濡れた瞳と、薬の熱で色づく彼の皮膚が、現実よりも生々しい超高解像度で焼き付いている。
私は一応の体裁として書類に目を落としながら、心の中でA-01に次の指示を飛ばす。
(――次は唇だ。あの真っ赤に熟した部位を、逃さず記録しろ)
《了解。管理者権限を承諾。特定部位の継続観測を開始します》
ルーカスの角を通じてすぐ返答が返ってきた。
システムからの返答は無機質で、しかしあまりに従順だった。
ちらりとルーカスを見るが,彼はこのやりとりに気づいていないようだ。
会議室の空気は、私の「[検閲済]」の残香とルーカスの「絶望」が混じり合い、発酵したような芳香を放っている。
私の網膜には、会議室の光景に重なるようにして、もう一つの「真実」――ルーカスの生体ログが投影されていた。
HR_CRITICAL: >> BPM_SPIKE / [T_SYMPATHETIC_OVERDRIVE]
NEURO_VAL: [ENDP/DPM] >> ABNORMAL_OVRFLOW / [SYS_MELTDOWN]
EPIDERMAL_SENS: [NAPE-DORSAL] >> HYPER_ESTHESIA / [INPUT_VIBRATION]
(……ほう。これほどか)
必死に理性を繋ぎ止め、震える声で「解体」を宣言している裏側で、彼の身体は悲鳴を上げていた。
私が与えた「黄色い薬」は、彼の意識を鏡面のように研ぎ澄ませる一方で、神経細胞の一つ一つを剥き出しの電線のごとく変質させている。
A-01のグラフが、臨界点を指して激しく明滅した。
今、彼に触れればどうなるか。
外界の刺激に対する過剰なまでの感覚同期があるのだ。
考えるだけで愉快だった。
老いぼれたちが「映像の不具合」と騒ぐこのズームアップは、不具合などではない。
ルーカスを隅々まで舐めとる、「私の視線」そのものだ。
「個体U-001、声が小さい」
私はわざと冷たく突き放しながら、机の下で指を伸ばした。
ログが示す、今この瞬間に最も過敏なポイント――膝の裏。
そこを、愛おしむように、しかし容赦なく、爪の先で「つっついた」。
彼の吐息が漏れた瞬間。A-01の観測ログに、ルーカスのバイタルが跳ね上がる鮮やかな曲線が描かれた。
(――ああ、たまらないな。)
網膜上のグラフが、一気に上限を突き破って振り切れる。
声、表情、そして溢れ出した魔力の波動。それらすべてが「[検閲済]」であると、A-01の冷徹なデータが証明している。
彼は今、元部下たちの目の前で、私の指先一つによって「分からされて」しまったのだ。
「今の発声は解体リストにありません」
ガウェインの無機質な追撃に、ルーカスが絶望に顔を染めて謝罪する。
網膜に投影された超高解像度映像が、ルーカスの真っ赤な耳朶を、震える睫毛を、そして噛み切った唇から滲む血の「一滴」までもを克明に映し出した。
私はその様子を眺めながら、保存されたばかりの吐息を指先でリピート再生する。
知っているぞ、ルーカス。お前が今、屈辱に震えながらも、私の指が触れた場所に「[検閲済]」と疼くような、[検閲済]を感じていることを。
データは嘘をつかない。
お前は、私の「[検閲済]」と「薬」に、もう抗えないほどに染め上げられている。
ガウェインが事務的に彼を叱責する声すらも、今は心地よい祝詞のようだ。
真面目なガウェインは、ルーカスの声が震えている原因を、まだ「緊張」だと思い込んでいるのだから。
だが、私の網膜には、薬物によって拡張されたルーカスの感覚受容器が、衣服の布地に擦れるだけで「[検閲済]」に近い悲鳴を上げているログがリアルタイムで流れている。
(アップ。首筋の拍動を記録しろ。音声データは別ディレクトリへ隔離だ)
A-01への思考送信。
システムは忠実に、ルーカスの非論理的な生体ノイズだけを抽出し、評議会へ送る「公式記録」から器用に間引いていく。
老害たちに聞かせてやる必要はない。この声は、私の私物だ。
自分の手で、自分が心血を注いだ省庁を「解体」させていく気分はどうだ、ルーカス。
絶望に濡れたその瞳が、高解像度のモニター越しに私を貫く。
私は書類を捲るふりをして、網膜に映る彼の「崩壊」を指先でなぞった。
(――それ。対象個体L。首筋から耳にかけてを最大倍率で固定しろ)
網膜に直接投影された映像の中で、ルーカスの耳たぶが真っ赤に燃えていた。
私の魔力が、彼の体内で「波動」となって暴れている。
他の議員どもが「禍々しい気圧だ」と冷や汗を流しているその正体が、私の――。
ふ、と思わず口角が上がる。彼らは怯えているのだ。私の「所有物」が撒き散らす、致死量の魔力に。
「不要なノイズをアーカイブに混ぜないでください」
「す、すみません……っ」
ガウェインの叱責に涙目で頭を下げるルーカス。
お前をそんな風にしたのは、隣に座っている私だというのに。
本当に、どこまでも真面目で、壊しがいのある玩具だ。
『極上の遊具』
(ランスロット独白)
会議室の澱んだ空気の中に、父上の、あの不快なほどに濃厚な「雄」の匂いが充満している。
父上に引きずられるようにして入室してきたルーカス兄様は、その一歩ごとに、内側から溢れ出す[検閲済]を無自覚に撒き散らしていた。
(……ふうん。なるほど、何か飲まされたんだね。父上のあの趣味、本当に下品で、――最高に悪趣味だ)
内心で、冷たい嘲笑が込み上げる。
これまでの私にとって、兄様のような「血の薄まった雑種」なんて、視界に入れる価値もないゴミだと思っていた。竜の矜持を捨て、効率とマニュアルという名の理屈を盾に議会に居座る、無機質な事務職人形。
だが、今日の兄様は、……どうしようもなく、狂おしい。
父上に「芯」まで汚染され、禁忌の薬で感覚受容器を剥き出しにされながら、元部下たちの侮蔑に満ちた視線に晒される。高潔な理性を必死に繋ぎ止め、震える指先で書類を繰るその姿。
(……分かったよ、父上。なぜ、この『出来損ないの備品』にこれほど執着するのか)
あれは、いい。
ただ物理的に壊すなんて、もったいない。
あんな風に、強固なプライドが「羞恥」という重圧でメキメキとひび割れていく、その繊細な音を楽しむための一生モノの遊具だ。
極限状態の検証を行いたい。
高潔な理性が機能不全を起こし、どのような無様なエラー(声)を出力するのか、その再資源化の工程に興味がある。
そして___[検閲済]。
あの誇り高き「電法省の冷徹な執行官」が、ただの「軍事省の[検閲済]触媒」へと堕とされ、私の前でどんな「鳴き声」を漏らすのか。
私は、兄様がいなければ生まれてこなかった。
優秀で、冷徹で、……そして、雑種のくせにこの帝国の『正義』を誰よりも信じていた、滑稽で愛しい兄様。
父上が机の下で、何か「教育」をしているのだろう。兄様が時折、喉の奥から蜜のように甘い吐息を漏らし、必死に唇を噛み切って耐えている。
肉体の調教は随分と進んでいるようだが、まだ、その瞳の奥にある「絶望への抵抗」が死んでいない。
(……ああ。最高の遊び(算断)を思いついたよ)
父上のように、暴力的な支配でねじ伏せるだけが楽しみじゃない。
兄様は、誰かに「必要とされる」ことに、壊滅的に弱い。
なら、この公開処刑が終わった後、絶望の底で泥を啜っている彼に、私が世界で一番優しい弟の顔をして、指先を差し伸べてあげよう。
「可哀想に、兄上。……もう大丈夫、僕だけは君の味方です」と。
救いという名の毒を与えて、最も幸福な幻覚を見せてから――。
信じきったその心を、私の手で、今度こそ木っ端微塵に叩き落としてやるんだ。
卓をトントンと一定のリズムで叩きながら、私は網膜に焼き付いた兄様の「壊れゆく彩り」を、この世で最も贅沢な娯楽として受理した。
軍事省電法検閲官:「ヴァルキューラJr.卿のがやばいんでは...?(冷や汗)」




