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第2話:ロジック・リライト ― 聖域の強制終了 ―

密室となった執務室。扉の向こう側には、甥を案じる伯父の穏やかな声。

だが、通信機が赤く点滅するその内側で、ルーカスは魔王アレスの軍靴の下に屈していた。

自らの「角」から流し込まれる暴力的な魔力、そして自身のシステム(A01)が告げる「蹂躙の承認」。

高潔な執行官が、自らの[検閲済]で[検閲済]し、意識を焼き切られるまでの全記録


【同志の皆様へ:第2話・行政執行ガイド】

第1話を乗り越えた同志の皆様へ。本アーカイブ(第2話)を最大限に「受信」するための、重要パラメータを解説します。


アンテナの強制同期】

高位竜種の角は、本来「クリアな世界」を維持するための精密機器です。そこにアレス閣下の魔力が注がれることで、ルーカスは自身の[検閲済み]を「最高画質(4k)」で直視させられます。彼の整理整頓された脳が、不浄なデータで汚染されていく様を凝視してください。


【A01による論理的処刑】

信じていたシステムが、自身の[検閲済み]を「国家にとって有用」と判定する絶望。これは物理的な暴力以上の、魂への「行政的蹂躙」に他なりません。


【[検閲済み]の崩壊】

「前執行官ガード」という[検閲済]。それがアレス閣下の[検閲済]と、容赦のない[検閲済み]によって[検閲済]される瞬間――。


高潔なルーカスが、システムごと「強制終了シャットダウン」させられる過程を、一文字も逃さずアーカイブ(読了)してください。


■ 黄金の檻、無垢なる残照

「……ルーカス君。体調でも崩したのかな? あの仕事人間が早退なんて、珍しいこともあるもんだ」

情動省、第一公爵アルフレッド・ルーメン・アルビオンは、夕暮れに染まる議事堂の自室で小さく独白した。


繁殖倫理統括大臣。帝国の「命の純度」を司り、その清廉潔白な佇まいから「白鱗の聖者」と称えられる男。彼は今、亡き妹ライラの面影を色濃く宿す甥の身を案じ、琥珀色の液体を湛えたボーンチャイナのティーカップを、慈しむように傾けていた。

自分で茶葉の配合ブレンドを楽しむのが、多忙を極める彼の数少ない休息だった。鼻腔をくすぐる優雅な香りは、かつて妹と共に過ごした陽だまりの庭園を思わせる。


「あの子も公爵になってから、少し肩に力が入りすぎているように見えていたからね。竜界のしきたりだの、電脳は竜種への冒涜だの……。時代遅れの老人たちは勝手なことを言うが、私はあの子が誰よりも清らかに、この国の未来という『結果』を残しているのを知っているよ」

アルフレッドは目を細め、カップをソーサーに戻した。カチリ、と鳴る繊細な磁器の音が、彼の完璧に整えられた所作を象徴している。彼にとって、ルーカスは帝国の至宝であり、守るべき「命の結晶」そのものだった。


「たまにはゆっくり休んで、美味しいものでも食べてくれればいいんだが。今日の茶菓子はあの子の好きなものを用意させたし、あとで顔を見に行ってみようか」

伯父が、慈愛に満ちた眼差しを二個隣の「エルミタージュ公爵執務室」の壁へと向けた、その時――。


その壁一枚隔てた先では、彼が人生をかけて守り抜こうとしている「純度」そのものが、魔王の軍靴によって無慈悲に噛み砕かれていた。


■ 論理崩壊、あるいは不適切な「解析」

「ふっ、…………っ、は、あッ……!!」

ルーカスの視界は、どろりと溶けた黄金色に染まっていた。

アレスがその長い指でルーカスの後頭部を強引に固定し、逃げ場のない口内を蹂躙する。熱い舌が粘膜を、歯列を、そして帝国の誇りそのものを土足で踏み荒らすように侵入してきた。


圧倒的な体格差。170センチのルーカスに対し、200センチを超えるアレスの体躯は、まさにそびえ立つ絶望の壁だった。

胸ぐらを掴み上げられ、軍靴のつま先が絨毯から浮く。ルーカスはアレスの強靭な腕の中に「吊り下げられた」無防備な状態で、ただその暴風のような熱を肺の奥まで強制的に吸わされる。


「……ふむ。演算能力は世界最高峰だが、接吻くちづけの作法は赤子以下か」

強引に唇が離された瞬間、銀の糸を引くルーカスの唇が、屈辱に震えた。

初めて知る、暴力的なまでの「肉」の質感。

口腔を支配していた灼熱と、絡まり合う舌の生々しい感触が、背骨を貫く高電圧となって脳内を駆け巡る。低出力に抑えていたA01コンソールは、未体験の刺激に悲鳴を上げ、視界を真っ赤な警告色アラートで埋め尽くしていく。


「下手くそめ。……だが、その『無知』を俺好みに書き換えてやるのは、実に愉しそうだ」

アレスは愉悦に瞳を細め、もて遊ぶようにルーカスの唇を親指でなぞった。

黒い革手袋越しに伝わる、強大すぎる男の輪郭。その指先には、向こう側で伯父が味わっている温かな紅茶よりも、遥かに甘美で、毒々しい背徳の味がした。


■ 演算停止、あるいは捕食者の寝台カウチ

「……っ、あ、…………!!」

喉を震わせるが、まともな声にはならない。

視界を占拠するA01コンソールは、アレスが放つ圧倒的な魔力圧プレッシャーに悲鳴を上げ、真っ赤なエラーメッセージを吐き出したままフリーズしている。彼を支える「論理」は、既にこの暴力の前に瓦解していた。


抵抗しようと、震える腕でアレスの肩を必死に押し返す。だが、高位竜種としての絶対的な「ランク」、そして30センチの身長差という物理的な壁が、その足掻きを無意味な羽ばたきへと変える。

押し返す手応えは、まるで巨大な岩山に素手で挑んでいるかのようだった。アレスの身体は微動だにせず、逆にルーカスの指先がその強靭な筋肉の熱に呑み込まれていく。


「可愛い抵抗だな。……演算ロジックで勝てぬと悟って、ようやく『野生』で抗う気になったか?」

アレスは嘲笑うように呟くと、紙細工でも扱うかのような軽やかさでルーカスの身体を抱え上げ、数歩、移動した。

どさりと、執務室の隅に置かれた最高級の牛革カーフスキンソファーに、ルーカスは投げ出される。


深く沈み込むような感触。逃げ場を奪う冷たい革の質感が、熱に浮かされた肌に心地よく――同時に、もうここから生きて出られることはないという事実を、ルーカスの脊髄に深く刻み込んだ。

見上げれば、逆光の中に燃える黄金の瞳が、獲物の解剖手順を愉しむ屠殺者のように、冷酷で熱烈な光を湛えて自分を射抜いていた。


■ 聖域の否定、あるいは赤鱗の独占

情動省と軍事省。帝国の両翼を担うこの二つの省庁は、伝統的に犬猿の仲であった。


一方は「命を生み出し、育むこと」を至上命題とし、もう一方は「命を効率的に殲滅し、統治すること」を本分とする。

軍事の頂点に君臨する最高統合戦略大臣、赤鱗の魔王アレス・クロノス・ヴァルキューラ。

彼は、自分とは対極にある「白鱗の聖者」アルフレッドを、その偽善的な清廉さゆえに虫唾が走るほど嫌悪していた。


「……は、ぁ、あ、っ……」

アレスは、混乱と快楽の濁流に呑まれ、瞳孔を寄る辺なく揺らすルーカスの顔を覗き込んだ。

かつて自分を電脳の壁の向こうから冷徹に拒絶した、孤高の「電法省執行官」の面影はどこにもない。そこにあるのは、魔王の指先一つで呼吸を乱し、翻弄されるだけの、無防備な「雄」の姿だ。


「お前は、あいつにはあまり似てないな」

アレスの声は、冷酷なまでに低く、愉悦を孕んで響いた。

聖者の血を引きながら、その内側には人工電算さえ焼き切るほどの「不浄な熱」を孕んでいる。アレスはその矛盾を愛でるように、ルーカスの熱い肌に爪を立て、逃げ場のない境界線をなぞった。


「あの偽善者が外で平和な茶を啜っている間に、お前のすべてを俺の『戦利品』に書き換えてやる」


■ 崩壊の極致:白鱗の汚濁

「やめ……放せ、アレス……っ!!」

ルーカスは、もがいた。

だが、ソファーに押し付けられた彼の細い手首は、アレスの大きな片手で易々と封じられている。

アレスの黒い革手袋が、階級章の付いた襟元を乱暴にこじ開け、一枚、また一枚と、帝国の執行官としての「外殻」を剥ぎ取っていく。


特筆すべきは、アレスがその革手袋すら外していないことだった。


体温を遮断する無機質な革の感触。それがかえって、ルーカスには自分が一人の人間ではなく、単なる「検閲対象の肉」として扱われているという強烈な屈辱を叩きつける。


「ほう……。口では拒絶しながら、身体の『演算結果』は正直なものだ」

アレスの大きな手が、ルーカスの下腹部、軍服の膨らみを無造作に鷲掴んだ。


「……っ!? ち、が、…………ッ!!」

ズボンを剥ぎ取られ、白皙の肢体が無防備に晒される。200cmの巨躯に組み敷かれれば、170cmのルーカスの身体は、まるで猛禽に捕らえられた小鳥のように小さく、華奢に見えた。


「何が違う? ほら、こんなに[検閲済み]ぞ? 薬のせいか、それとも俺に組み敷かれるのが、そんなに嬉しいか?」


[アレス公爵にアーカイブされました]


■[検閲済み]


[アレス公爵にアーカイブされました]


(※ここに、2番目に「圧倒的な質量」と「境界線の崩壊」が存在しましたが、アレス公爵の権限によりすべて『アーカイブ』として隔離されました)


■ 境界線の静止、あるいは心音の処刑

「……っ、あ、…………」

ルーカスの意識が、[検閲済]から一瞬で引き戻された。

厚い防音壁の向こう側。本来なら聞こえるはずのない「秩序の音」が、廊下の特殊な音響設計によって、執務室の中にまでその存在を伝えてくる。


――カツン、……カツン、ズル……。


規則正しい軍靴の音に混ざる、わずかな引きずるような癖。

幼い頃から聞き慣れた、自分を愛してくれた伯父アルフレッドだけの「音の指紋」。


「ひ、っ…………」

ルーカスは息を止めた。

アレスに組み敷かれ、[検閲済]な姿のまま、身体を硬直させる。


(……来ないで、伯父様。お願いだ……っ)

脳裏に、かつての惨劇がフラッシュバックする。

ルーカスが幼い頃、彼を侮辱した他家の貴族に対し、アルフレッドが向けた「怒り」。

普段の温厚な微笑みを完全に消し去り、白鱗を逆立てて相手を社会的にも肉体的にも「抹殺」しかけた、あの凍りつくような公爵(支配者)としての狂気。

もし今、この扉が開けば、アルフレッドは間違いなくアレスを殺しにかかるだろう。そして帝国は、修復不能な内乱へと突き進む。

たすけてほしい。だが、伯父を「人殺し」にしたくない。何より、この[検閲済]姿を、あのかつての「怒り」を向けさせるトリガーにしたくない。


[アレス公爵にアーカイブされました]


防音壁がどれほど完璧でも、この通信機は繋がっているのだ。

足音はゆっくりと、だが確実にこちらへ近づき――そして。


ピタリ、と。

自分の執務室のドアの真ん前で、静止した。

沈黙。


世界からすべての音が消えたかのような錯覚。

ドア一枚の向こう側に、伯父が立っている。今の自分の「熱」を、最も見せてはならない聖者が、そこに。


「……ふむ。足音が止まったな。いわゆる一つの、『王手チェックメイト』か」

アレスが愉しげに、わざと耳元で囁く。

ルーカスの心臓が、肋骨を突き破らんばかりに「ドクン、ドクン」と警報を鳴らす。

その心音さえも、扉の向こうの公爵に聞こえてしまうのではないか。


トントン――。


乾いたノックの音が響き、同時に応接通信機のインジケーターが真っ赤に点滅を始めた。


『ルーカス君、手が空くかな?』

インターホン越しに流れる、慈愛に満ちた、だからこそ恐ろしい伯父の声。


それが合図だった。


「アレス公爵にアーカイブされました」


■ 予定調和の絶望、あるいは魔王の采配


インターホンの向こうで、アルフレッドがドアノブに手をかけようとした、その時だった。


「――閣下! アルフレッド閣下、こちらにおられましたか! 至急、軍令部より緊急の伝達がございます!」

遠くから響く、切迫した衛兵の呼び声。扉の向こうで、伯父が「おや?」と足を止める気配が伝わってくる。


「緊急案件? ……困ったね、ルーカス君にケーキを届けようと思ったんだが。……分かった、すぐに行こう。ルーカス君、また後で来るよ。ゆっくり休んでおくれ」

遠ざかっていく、あの独特のリズムの足音。


「助かった」……。

張り詰めていた糸が切れ、安堵の涙とともにルーカスの全身から力が抜けようとした、その瞬間。耳元でアレスが、肺の空気をすべて凍らせるような声で嗤った。


「……ふむ。ちょうどいい時間タイミングだったな。いわゆる一つの、『タイムマネジメント』だ」


「……え、……ぁ……?」


「あの衛兵は、俺が配置しておいた。……伯父上が扉を開けてお前の『全損』を目の当たりにするか、それともお前がその恐怖のあまりに[検閲済]か。……そのどちらが早いか、俺は賭けていたんだよ、ルーカス。……結果は、見ての通りだ」

ルーカスは、絶望に目を見開いた。


死ぬほどの恐怖も、伯父への申し訳なさも、そして血が出るほど腕を噛んで堪えたあの沈黙も。すべてはアレスが、この「解析」に極上のスパイスを加えるために仕組んだ、ただの余興エンターテインメントに過ぎなかったのだ。

最愛の伯父が持ってきた慈愛のケーキすら、アレスの掌の上で「絶望」を際立たせるための小道具に成り下がっていた。


「あ、……ああ、……あぁっ……!!」


「さて、邪魔者は消えた。……アーカイブの続きを始めようか。今度は、どれだけ大きな声を出しても構わんぞ? 誰も助けには来ないことが、今、お前の伯父によって証明されたばかりだからな」

救いなど最初からなかった。

魔王に組み敷かれた若い肉体は、自らの安堵さえも[検閲済み]として利用される絶望に、ただ激しく打ち震えることしかできなかった。


「あ、…………あああああぁぁぁっ!!」


ルーカスの喉から、これまで押し殺していた絶叫が、堰を切ったように溢れ出した。それは希望を完全に断たれた、魂の断末魔だった。


「アレス公爵にアーカイブされました」


■ 最終論理:承認された汚濁

アレスは愉悦を隠そうともせず、空いた手で虚空を操作した。アレスの魔力圧によって意図的に遮断されていた、ルーカスと電脳A01のパスが再び接続される。

ルーカスの死んだ瞳に、かつての拠り所であったウィンドウが冷徹に、鮮明に復活した。


【判定:軍事省との戦略的協力による、繁殖効率の最適化を承認】

【状況:生殖リソースの有効活用を継続。法案シミュレーションへのデータ提供を推奨】


「嘘だ……。そんな、こと……。A01、やめろ……。解析を、拒絶、しろ……っ!!」

ルーカスは掠れた声で叫んだ。だが、視界に踊るログは止まらない。

かつての前執行官なら、この[検閲済]を即座に権利侵害として排除しただろう。しかし、効率と最適化を求め、電脳と深く溶け合いすぎた「今のA01」は、アレスが提示した軍事省の膨大な統計データ――すなわち、個人の尊厳を上回る『国家の利益』という餌を、最適解として「受領」してしまったのだ。


「お前が誰にも触れさせず溜め込んできたその『未利用リソース』を、軍事省の解析技術と同期させる。……いわゆる一つの、『省庁間の共同プロジェクト』だ。生身のお前なら拒むだろうが、お前のシステムは、俺との交わりこそが帝国の繁殖倫理ロジックを更新する最短ルートだと判断したんだよ」

アレスの残酷な解説が、ルーカスの理性を粉々に砕いていく。

自分を自分足らしめていた電脳が、今、[検閲済]が[検閲済]たびに跳ね上がるバイタルデータを「有益な研究成果」として、無機質にアーカイブしていく。


「嘘だ……っ、そんな、こと……。僕を、見捨てないでくれ……っ、A01……!!」


「無駄だ。お前の誇りであったその『効率』が、今、お前を地獄へ突き落としている。……内側からは自身が構築したシステムに死刑宣告を下され、外側では俺という現実(魔王)に蹂躙される。……これ以上に美しい『行政的処刑』があるか?」


アレスは嘲笑いながら、執務室の壁に設置された公式記録用観測機器を一瞥した。

稼働を示す赤ランプは冷酷に点灯し続けているが、もはや何の妨げにもならない。A01によるログの偽造は完璧に進行し、この惨劇は「高度な軍事・行政シミュレーション」として書き換えられているのだ。

外には、アレスの息がかかった衛兵によって遠ざけられた、無垢なる聖者。

内には、自身の理性の拠り所であったシステムから「[検閲済]」と死刑宣告を受けた、孤独な執行官。


「……あ、……ぁぁ……」

ルーカスは、目の前に浮かぶ「[検閲済]データ」を、焦点の合わない瞳で見つめることしかできなかった。

自身の身体が[検閲済]によって[検閲済]されるたび、グラフは容赦なく跳ね上がる。そしてA01は、彼の内側から溢れ出す絶望的なまでの反応を「有用な成果」として、無機質に、事務的に加算していく。


今や、ルーカスを助ける者は、この帝国のどこにもいない。

彼自身の魂さえも、この完璧な「行政的蹂躙」の一部――消費されるべきリソースとして組み込まれてしまったのだ。



■ 汚濁の受像レセプション:クリアな絶望

高位竜種としての「受信能力」は、意識の波長を合わせるだけで膨大な情報をキャッチできる。だがそれは、精神を極限まで摩耗させる過酷な作業だ。


潔癖なルーカスは、普段その機能を最小出力に抑え、必要な情報だけを「整理整頓」し、クリアな電脳空間を維持することに心血を注いできた。

だが、アレスが「ウィンドウ」を復活させた瞬間、ルーカスの防衛本能は、アレスの放つ圧倒的な魔力圧によって強制的に受信モードへと叩き起こされた。


「……あ、…………っ、が……あッ!!」

死んだ瞳の奥で、ルーカスの「整理整頓」された機能が、望まぬ仕事を始める。

アレスの指が、革手袋の質感が、[検閲済]や[検閲済]までもが、驚くほどクリアな数値として視覚化して脳内に流し込まれる。


「……ふむ。受信感度を上げたのか。いわゆる一つの、『高精細な自覚』だな」

アレスは、白目を剥いて震えるルーカスの耳元で、甘く、冷たく囁いた。

彼はぐったりと横たわるルーカスの頭髪をかき分けると、そのこめかみ付近から伸びる、高位竜種の証である「角」を無造作に、だが力強く鷲掴んだ。


「ひ、……ぎ、ぃッ……!!」

ルーカスの身体が、電流を流されたように跳ねる。

受信機としての機能を宿す「角」は、彼にとって最も神聖で、かつ過敏な「データの入り口」だ。そこを支配されることは、自らのシステムの鍵を渡すに等しい。


「お前のその、美しく整理された受信機レシーバーは……今、俺に暴かれている自分の悲鳴を、どれほど鮮明に記録している? ……ほら、もっと『深く』繋げてやろう」

アレスの黒い革手袋越しに、暴力的なまでの黄金の魔力が「角」へと直接注ぎ込まれる。


「アレス公爵にアーカイブされました」


■ [検閲済]

[アレス公爵にアーカイブされました]


(※ここに、もっとも「圧倒的な質量」と「境界線の崩壊」が存在しましたが、アレス公爵の権限によりすべて『アーカイブ』として隔離されました)


「……ふむ。ようやく静かになったな。いわゆる一つの、『インストールの完了』だ」

アレスは、気を失い、ただの「器」と化したルーカスの耳元で、満足げに独り言つ。


「案ずるな、ルーカス。……目覚める頃には、お前のその『高精細な受信機』も、[検閲済]以外はノイズとして切り捨てるように、根こそぎ書き換えて(リメイクして)おいてやる」


公式データの偽造も、伯父の排除も、システムの承認も終わった。ここから先は、誰にも邪魔されない、魔王だけの濃密な「再編」の時間だ。


(……助けて、師匠……!)


届くはずのない悲鳴が、ルーカスの喉の奥で虚しく弾ける。

彼が憧れ、その背を追い続けてきた前執行官――かつての師。

肉体が死してもなお、自分の心の中で輝き続けていたはずの導き手が、今、アレスの黄金の魔力に侵食され、歪んだ微笑を浮かべて囁きかける。


[TIME: 58583826838:0686:802] REQ: MGMT_TRANSFER [ACCEPTED]

[TIME: 58583826838:0686:803] PRED: IMPERIAL_PROSPERITY [99.6%]

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[TIME: 58583826838:0686:805] UNIT: TISSUE_DAMAGE [MEDIUM/STABLE]


『どうしたルーカス? これも帝国繁栄の礎。さぁ,演算を続けよう』


(ああ……。死んだのだ)

肉体が死んだのではない。今、この瞬間、自分を支えていた「師匠」という概念そのものが、アレスのロジックによって殺されたのだと悟った。


議事堂の片隅、誰にも届かない静寂の中で。

平民出身の潔癖な執行官は、[検閲済]により、魔王の黄金の檻へと堕ちていった。

――ここから先は、公式記録に残らない、彼だけの「全損」の記録。


電法省検閲官「僕に文句言わないでください。法に基づいた仕事なんで」

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