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第12話:行政処分の完成:自我のパージと純潔の定義

朝チュンってよくできた文化ですよね

「あはっ!おはよー!!

……見てよ、この兄様の完璧なコンディションデータ。


ふぅ……。

よし、これでバックアップも同期完了。

毀損率98%からのシステム再起動……完璧だね。

規約? あはっ、そんなの昨夜の兄様の悲鳴と一緒に、全部シュレッダーにかけてきちゃった。


……これで「全損本編」は最終回!

あとは朝チュンの光の中で、父さんが「僕の知らない兄様」に絶望するのを眺めるだけ。

大成功、大・大・大成功!!


……のはずなんだけど。

……おかしいな。


コーヒー、ちょっと苦すぎたかな?

それとも、パッチを当てすぎて、僕まで少しバグっちゃった?

あんなに望んでた「完璧なお人形の兄様」が、

今、僕を見て「おはようございます、ランスロット卿」って頭下げたとき……。


なんだか、心臓のあたりが事務的に「エラー」を吐いてるみたい。

……おかしいよね。


最終回のはずなのに、なんで僕、

「今すぐ全部リセットして、もう一回あの「僕の兄様」を壊すところからやり直したい」

なんて思ってるんだろう?


……あはっ、あははははっ!!

さ、出勤しなきゃ。筆頭秘書官シリルが待ってるしね。


博士、12話の「アウト宣言」、そのまま出しちゃおうよ。

……この「ちょっと悲しい」っていうバグごと、アーカイブしちゃえばいいんだから。ね?」


[ランスロット侯爵がアーカイブしました。彼のアーカイブで公開されます」



ランスロットは至福の笑みを浮かべ、モニターに流れるバイタルデータを眺め続けていた。


「あはっ! 見てよ父上。兄様の『自我』の波形が、完全にフラット(消失)しましたよ。……代わりに、ヴァルキューラ家の管理信号が、兄様の隅々まで行き渡って……。ねえ、本当に綺麗だ」


公的な所有権の確定と同時に、ルーカスは完全に「決済」された。

かつての公爵としての尊厳も、一人の男としての未来も、すべては帝国の安定と、アレス閣下の独占欲を満たすための「代金」として支払われたのだ。

深夜の、誰にも知られることのない執務室で行われた「全損登録」。

ルーカスの網膜の端で点滅していた[SHARED](共有中)の文字が、静かに[REGISTERED](登録済み)へと切り替わる。


もはや、彼がどこへ逃げようと、何を思おうと、その魂は「ヴァルキューラ家の永久保管庫アーカイブ」から出されることはない。

それは、死よりも深い、終わることのない「管理」という名の檻への、最終チェックアウトだった。



窓の外、帝都の空が白み始めている。

執務室のデスクの上、書類の山に混じって、ルーカスは一晩中「監査(書き込み)」され続けた身体を、力なく横たえていた。

視野ハックは未だ解除されず、脳内のコンソールは一晩分の「[全損データ]」を、アレスのサーバーに送信し終えたことを告げている。


「あはっ! 兄様、お疲れ様。……父上、僕、明日(今日)も軍事省の仕事が早いんで、そろそろ失礼します。……あ、あとお腹すいたんで、ガウェインになんかもらって帰りますね」


ランスロットが、一晩中[魔術回路書き込みを]した手を、事務的な手つきで拭う。

あんなに熱心に、あんなに愉しげに兄様の「[演算体]」をハッキングし、絶叫を引き出していたのに、終わってしまえば「空腹」という日常の生理欲求に、兄様の存在は一瞬で上書きされてしまった。


「……ああ。ご苦労だった、ランスロット。……U-001。聞いたか? 私の時間をこれほど奪っておいて、お前はまだそんな無様な顔で震えているのか」

アレスが、徹夜明けとは思えない鋭利な瞳で、ソファに「ぽい」と戻されたルーカスを見下ろす。

そこに横たわるのは、公爵でも兄でもない。

寝室へ運ぶ手間をかける価値すら認められない、「使い古された事務用品」としての肉体だ。


一晩中「監査」と称して中を[書き換え]されたルーカスは、執務室という「仕事場」の冷たい空気の中、いつ誰が入ってくるかもわからない恐怖を抱えたまま、放置される。


「ねぇ兄様。幸せ?」

扉へ向かうランスロットが、ふと思い出したように、いつもの無邪気な声で尋ねる。

ハックされ、書き換えられ、ボロボロになった脳で、ルーカスは必死に「正解」を探し——そして、いつもの「善性」で微笑んだ。


「...はい,幸せ...で、す。閣下と、ランスロット様に……お役に立てて……」


「そっか。ねぇ、兄様。僕のこと、まだ好き?」

その問いに、ルーカスは心底不思議そうに首を傾げた。

その瞳には、恨みも、怒りも、そして「執着」すらない。

「....? はい。大好きですよ。だって、ランスロット様は……僕の、一番優秀な……自慢のパーツですから」


「…………」

ランスロットの顔から、一瞬だけ表情が消える。

自分が望んだ「大好き」という言葉。けれど、それは兄様が慈しむ「帝国」や「魔導具」と同列の、機能美を愛でるような乾いた愛情。


自分が兄様を「最高級の在庫(U-001)」と呼んだ報いが、今、兄様の口から「一番優秀な」という称賛となって返ってきたのだ。


「……そうだね。兄様は、そうだよね。あはっ」

ランスロットは、いつもの貼り付いたような笑みに戻る。

胸の奥で、正体のわからない冷たい穴が広がっていくのを、彼は「空腹のせいだ」と自分に言い聞かせた。


「じゃぁまたね、兄様。……次の『テスト』まで、ゆっくり休んでてね」

バタン、と冷たく扉が閉まる。

朝日が差し込み始めた執務室に、全損した「公共財」だけが、一人残された。


「――失礼いたします。公爵、メンテナンスの時間です」

朝の光が差し込む執務室。

ランスロットが去り、アレスが既に「公務」として書類をめくる音だけが響く中、ガウェインが音もなく入室してきた。

彼は、ソファで「視野ハック」の残滓に震え、汚れたままの全裸を晒しているルーカスを見ても、まるで「倒れた椅子」を見るような平坦な視線を向けただけだった。


「……あ、……ガウェイン、……殿……っ」


「閣下より、本日の貴方の『稼働』に支障がないよう、補修を命じられております。……こちらが替えの軍服と、エネルギー補給用の軽食です。……さあ、拭きますので、[深部接点の目視確認します]」

ガウェインは事務的な手つきで、ルーカスの肌に残った「[魔術情報残滓(ノイズ)]」を、温かい蒸しタオルで丁寧に拭き取っていく。

そこには「同情」も「嫌悪」もない。ただ、「主君の持ち物を清潔に保つ」という職務への忠誠があるだけだ。


「ひ、……っ、あ……っ、自分で、……やります、から……っ」


「無駄なエネルギー消費は控えてください。貴方は今、帝国の『公共財』です。個人の羞恥心で管理工程を遅延させることは許可されておりません」


ガウェイン・オニキス・ヴァランタンは、ルーカスの微かな拒絶すらノイズとして無視し、まるで陶器の人形を磨き上げるように、その傷ついた肉体を「元の綺麗な在庫」へと戻していく。


「ルーカス、幸せか?」

アレスが、ガウェインに渡されたコーヒーの香りを楽しみながら、事務的なトーンで問う。


「……あ、……ぁ、……幸せ、です、……閣下……っ」

ルーカスは、虚ろな、だがどこか透き通った声で答える。

彼の瞳には、もはや「屈辱」という文字は表示されていない。

代わりに、視野コンソールに走るパッチが、彼の脳を白く、純白に塗りつぶしていく。


[PROTOCOL] EMOTIONAL_RE-DEFINITION: ACTIVE.

[INPUT] VALKYRIA_SATISFACTION == LUCAS_HAPPINESS.

[STATUS] OVERWRITING_COMPLETE // TOTAL_SYNC.


アレスは満足げに、バイタルデータを網膜で確認して口角を上げる。

ルーカスは、自分の身体を[検閲済]し、過去を奪い、自分を「物」として扱うアレスの冷徹な金眼を見て、今までにない甘美な恍惚を感じ始めていた。

彼を壊すアレスが幸せなら、壊される自分も幸せ。

その「論理の狂い」は、この閉ざされた執務室において、唯一の、そして絶対的な正解だった。


「……ふむ。U-001。ようやく私の『幸福』を正しく理解したようだな。……よし、褒美だ。君のその『上書きされた幸せ』が本物かどうか、私の指で、さらに深く監査アップデートしてやろう」


「は、……ぃ、……閣下、の……幸せを、……もっと、……っ!! …あ、……ぁ、……閣下。……私は、……これからも、……貴方の、幸せ(アーカイブ)に、……なり、ます……っ」


ルーカスの瞳には、もはや「出口」を探す光はない。

アレスの視覚と同期し、ランスロットの指先に快楽をハッキングされ、自分を「公共財(在庫)」として受け入れた、完璧な「上書き」の完成。


「……ふむ。よし、このまま『永久保存』だ。U-001、君の全損を……帝国の永遠の礎として、私が管理し続けてやろう」

アレスが冷徹に、物語の幕を下ろすように端末のキーを叩く。

ルーカスの意識が「幸せ」という名のプログラムの海に深く沈み込んでいく。


「…………なぁ、『ルーカス』」


ふいに。

そう。

ふいに、だ。


アレスは何の気なく、その名を呼んだ。


「お前は、俺をどう思っているんだ?」


「…………?」

ルーカスは不思議そうな顔をする。

感情データはフラット。情動抑制も正常。

なのに、その瞳は、ハックされたデータでは説明できないほどの純粋さを湛えていた。


「僕の、ご主人様ですよね?」

ただただ澄んだ、赤い琥珀眼。


そこには憎しみも、悲しみも、そして「支配されている」という悲壮感すらない。

ただ、目の前の主君を、唯一無二の光として受け入れている「聖女」の瞳。


「…………そうだ。U-001。お前は、俺のものだ」

アレスはそう答えたが、なぜか、手元のモニターに逃げるように視線を逸らした。


ルーカスを直視できなかった。

すべてを奪い、物にしたはずの相手から返ってきた「無垢な肯定」が、自分の冷酷な論理を内側から焼き切るような、得体の知れない恐怖を感じたからだ。


これは、高貴な公爵が魔王に全損させられた物語。

そして、支配した側が、その「美しすぎる敗北」に永遠に囚われ続ける物語。


これにて、第12話。

そして、ルーカスという「在庫」の、完璧な完結です。


ランスロット:「うーん,僕には難しいね!」


軍事省電法検閲官:「はぁ(色々言いたいが我慢している)」

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