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黎命詩―異世界勇者は、名を取り戻す旅に出る―  作者: NaoMizuno
第一章 命ノ樹の詩

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第七話 暁の刃

 鍛冶の村の夜明け。

 山の端にまだ朝靄あさもやが残る。

 谷を包む空気はひんやりとしているのに、村の中心だけは温かかった。

 炉の火が、まだ赤く灯っていたのだ。

 白煙の隙間に光が差し込み、火の粉が金色の粒になって舞っていた。


 その前で、ひかりは静かに鉄の塊を見つめていた。

 何夜も、何十度も失敗を繰り返した。

 何度打っても鉄は理を拒み、刃は折れ、火は消えかけた。

 けれど――その度に、胸の奥の“火”だけは消えなかった。


「……今日こそ、形にする」


 息を吸い、ひかりは炉に息を吹き込んだ。

 炎が応えるように息を呑み、赤から白へと燃え上がる。

 理が流れ始める。

 火の鼓動と彼女の鼓動が重なる。


 気を整える。呼吸を合わせる。

 理は道、気は流れ。火がその流れを照らす。


 鉄を炉から取り出すと、翁が静かにうなずいた。

 その眼光は鋭くも穏やかで、まるで師ではなく、理そのもののようだった。


「焦るな。鉄は理の“形”じゃねぇ。

 お前の心の流れを、そのまま映すもんだ」


「……はい」


 一打目。音が鳴る。

 炉の熱が息の奥まで染み込む。

 二打目。火花が舞い、空気が震える。

 三打目。理と気が重なる音が響く。


 その瞬間、鉄が――呼吸をした。


 ひかりは目を見開いた。

 まるで生き物のように、鉄が柔らかく波打っている。

 打てば打つほど、理が息を吹き返していく。


 彼女の手はもう、迷いを知らなかった。

 “理を形にする”のではなく、“理と共に打つ”。

 それが火の理の真意だと、心が理解していた。


 やがて翁が火箸を下ろし、静かに言う。


「……よし、止めろ。

 これ以上打つな。鉄が“息”をしている」


 ひかりは槌を置き、炉の奥を覗き込む。

 炎に照らされた鉄の表面が、ゆらゆらと淡い光を放っていた。

 赤でも金でもなく――だいだいと緑が交じり合った光。

 まるで夜明けと森の理が一つになったような輝き。


 翁が小さく笑い、頷いた。


「生きてやがる。……ほら、水に沈めろ」


 ひかりは両手で鉄を持ち上げ、桶の水に沈めた。

 ジュウッ――! 白い蒸気が爆ぜ、鍛冶場を覆う。

 それはまるで、新しい命の産声のようだった。


「……できたんですか?」


「ああ。まだ未熟だが、“お前の理”が通ってる」


 翁は刃を取り出し、朝の光の中に掲げた。

 蒸気の中でその刀身はゆらめき、橙と緑の色が交互に光った。

 火と木――破壊と再生の理が交わる。


「火と木。対の理が宿ってる。珍しい刃だ」


 ひかりは両手でその刀を受け取る。

 熱はない。だが、確かに“鼓動”があった。

 刃が彼女の心と同じ速さで呼吸している。


「この子……あったかいです」


「名前をつけろ」


「え?」


「刀ってのは“理の器”だ。

 名を持たぬ理は、すぐに迷う」


 ひかりは刃を見つめ、朝日を仰いだ。

 光が刀身を走り、橙と緑が溶け合う。


「……〈暁葉あきは〉。

 火の理が夜を照らし、木の理が命を育てる。

 私の最初の理の子です」


 翁は満足げに笑った。


「いい名だ。刀は鏡だ。

 お前の歩いた理を、ずっと映してくれる」


 ひかりは刃を抱きしめた。

 金属の冷たさの奥に、確かな温もりがある。

 それは火と木、命と理のあわいに生まれた鼓動だった。


 翁は炉の脇から木箱を開く。

 中には、うるしを塗った木鞘きざや、絹糸、鍔、鍔元……。

 しかし翁が選んだのは、そのどれでもなく、灰色の木片だった。


「これは……?」


「山の奥で拾った古木の欠片だ。

 理の通りが良くてな。まだ“気”を呼ぶ余地がある。

 いずれお前が木の理を深めた時、この鞘は完成する」


 翁は刃を慎重に鞘へ合わせる。

 鉄と木がわずかに鳴き、互いを受け入れるように音を立てた。

 それはまるで祈りの儀式のようで、音ひとつ乱れなかった。


「これで暁葉は“器”になった。

 あとは、お前の理がこの木を育てる番だ」


 ひかりは鞘を受け取り、胸に抱いた。

 若木の匂いが、ほんのりと香る。

 それは命の始まりの匂い――森の理そのものだった。


 ――火が木を生み、木が命を繋ぐ。


 ひかりはゆっくりと刀を鞘に納めた。

 その音が、心の奥で“旅立ちの鐘”のように響いた。


「嬢ちゃん」


 翁が振り返らずに言う。


「次は“木”を学べ。

 火が生んだ理の先に、命の流れがある」


 ひかりは深く頭を下げた。


「ありがとうございました。……必ず、理を織って戻ります」


 その背中に、翁は静かに笑いかけた。


 「……ああ。風の男が言ってた通りだ。嬢ちゃんは流れを織る者だ」


 外へ出ると、朝の光が眩しかった。

 ひかりは目を細め、谷の空気を深く吸い込む。

 腰には〈暁葉〉。命の鼓動を持つ初めての“理の刃”。


 だが、ふと視線が鍛冶場の壁際に留まる。

 そこには一本の木刀――〈樹〉が立て掛けられていた。

 旅立ちの時から、共に理を学び続けた相棒。

 その表面は焦げ跡と傷だらけだったが、不思議と優しい光を放っていた。


 ひかりは静かに手を伸ばし、〈樹〉を抱き上げた。

 掌に伝わる感触は、まだ温かい。


「……ありがとう、〈樹〉。

 あなたのおかげで、私はここまで来られた」


 〈樹〉の切先を小刀で少しだけ削り、木片を紐で結ぶ。

 それを小袋に入れて、腰に下げた。


「これからも一緒にいて。

 あなたは、私の理の始まりだから」


 風が吹き、木刀の柄に巻かれた布がふわりと揺れる。

 まるで相棒が、微笑んで見送っているようだった。


 ひかりは背を向け、歩き出す。

 暁葉と樹の欠片が、歩むたびに微かに鳴り合う。


――理は形を変えても、絆は消えない。

木は根を残し、命は理に還る。

 火は木を生み、木は命を繋ぐ。

 少女の旅は、五行の理を巡る長き修行へと続いていく。

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