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黎命詩―異世界勇者は、名を取り戻す旅に出る―  作者: NaoMizuno
第一章 命ノ樹の詩

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第五話 刀を映す器

 森を抜けた先に、鉄の匂いが満ちる谷があった。

 風が熱を帯び、乾いた空気の奥にかすかに硫黄いおうの匂いが混じる。

 煙が立ち昇り、岩壁に槌音つちおとがこだまする。

 昼下がりの陽に照らされ、幾つもの鍛冶場が赤くまたたいていた。


 打たれる鉄の音が、まるで鼓動のように谷に響いている。

 熱気と理のうねりが空気を染め、風すら火の息を運ぶようだった。


「……すごい……!」


 ひかりは思わず息をのむ。

 見渡す限り、刀、刀、刀――。

 壁に掛けられた刃、焼きの途中で白く光る鉄、炉の奥で鳴く火。


 それはまるで、理が形になった世界だった。

 火が気を生み、気が理を呼び、理が形を鍛える。

 その循環が、この谷の中では“日常”として息づいている。


「これが……“気が理に宿る場所”……!」


 ひかりは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 彼女は知らず、歩を早めていた。

 石畳を踏みしめ、ひときわ大きな炉を抱えた鍛冶場へ駆け寄る。


 炉の前では少年鍛冶が金槌を振るい、真っ赤に焼けた鉄を叩いている。

 火花が弾けるたび、鉄の表面に命のような脈動が走る。

 その光を見つめるひかりの瞳も、同じ炎色に染まっていた。


「うわぁ……! 見てください、この火の色!

 火の理が均等に回ってる……!

 しかも刃の波紋が――っ!」


 興奮のあまり、ひかりは炉の横にしゃがみ込み、

 ほとんど学者のような熱で炉口を覗き込んだ。

 あまりの真剣さに、少年鍛冶が思わず手を止める。


 近くの村人たちがちらちらと視線を送った。

 「なんだあの娘……」という空気が、鍛冶場の煙よりも濃くただよった。


「……旅の女が鍛冶場に飛び込んでくるなんざ、初めて見たな」


 背後から低い声がした。

 振り返ると、すすにまみれた年配の男が立っていた。

 肩にかけた革前掛けは何度も焼け焦げ、

 深いしわの奥には、炎を映すような光が宿っている。


「この村の鍛冶師さんですか!?」

「まぁな。……お嬢ちゃん、刀が好きそうだな」

「好きどころじゃありません!

 刀は“理の形”です! 理を織るなら、まず刀を知らなきゃ!」


 老人はぽかんとしたあと、ふっと笑い、手ぬぐいで額を拭った。


「……おもしれぇ嬢ちゃんだ。

 理だの織るだの言いながら、目は完全に刀オタクじゃねぇか」


「オタク……?」

「いや、悪い意味じゃねぇさ。

 刀を“好き”でいられる奴は、理に近ぇ」


 ひかりは顔を赤らめ、木刀〈樹〉を抱きしめた。

 その仕草に、周囲の少年鍛冶たちがくすくすと笑う。


「で、嬢ちゃん。そんなに刀が好きなら、何を探しに来た?」


 ひかりは浮かれた様子を一変させ、

 炎の奥を見据えるような眼差しで言った。


「自分の理を――映せる刀を」


 その言葉に、老人の目がわずかに鋭く光る。

 ただの興味ではない、“覚悟”がこもっていた。


「理を映す……か。

 お前さん、名は?」

「結城ひかりです!」

「はははっ! 元気な嬢ちゃんだ! 見せてみな、お前の刀を」


 ひかりは木刀〈樹〉を差し出した。

 老人は受け取り、手の中で軽く振る。

 〈樹〉の木肌がきしむ音が、まるで呼吸のように感じられる。


「……なるほど。理はまだ幼いが、筋が通ってる。

 まるで、生きた木のようだ」

「えっ……本当ですか?」

「嘘つくほど暇じゃねぇ。

 こいつは理を“受け止める”刀だ。

 斬るためじゃねぇ、学ぶための刀」


 ひかりの胸が熱くなった。

 まるで、自分の中の理が呼応するように、〈樹〉が微かに震える。


「嬢ちゃん。

 刀ってのはな、鉄と火と人の気で出来てる。

 だが、それだけじゃ“魂”は入らねぇ。

 魂を呼ぶのは――理だ」


「理が……魂を?」


「ああ。理が気を導き、気が形を成す。

 その“交わる瞬間”が、刀の生まれる時だ。

 人も刀も、理がなきゃ命を持てねぇ」


 老人の言葉を聞きながら、ひかりは鍛冶場の火を見つめた。

 鉄が鳴く音、火が息を吐く音、そして気が流れる音。

 全てが一つの“理の詩”を奏でていた。


 その炎の中に、彼女は“生きた理”を見た。

 燃え、踊り、時に暴れ、けれど消えず――常に形を求め続ける火。

 まるで彼女自身の旅のようだった。


「……私も、いつか。

 理を宿す刀を打ってみたい」


「なら、残るか? 一日や二日じゃ教えられねぇぞ」


 老人の言葉に、ひかりの瞳が一気に光を増した。

 彼女の中で、理が叫んでいた。


「――はいっ! お願いします!」


 その瞬間、鍛冶場の火が勢いを増したように見えた。

 まるで火の理そのものが、彼女の決意に応えたかのように。


 その夜、鍛冶の村には少女の声が響いた。


「うわ、波紋が美しい!」

「この折り返し鍛錬、8回……まさか……心鉄しんがねね!? すごい……!」


 村人たちは笑いながら、ひそひそと噂した。

 「なんだあの娘……刀を見て喜んでるぞ」

 「いや、あれはもう、刀を愛してる顔だ」


 火花が夜空に散り、ひかりの瞳に映った。

 それは、まるで新しい理の星が生まれたような光だった。


 老人――鍛冶師は炉の奥からひかりを見つめ、

 静かに呟いた。


「……理を織る娘、か。

 火が認めるなら、もしかすると――」


 その声は、炉の奥で燃える火に飲まれた。

 火が唸り、鉄が鳴く。

 命を宿す理の音が、夜の谷に響き渡る。

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