第二十三話 焔哭の鬼王―護りの炎―②
焔ノ峰の心臓部は、もはや炎の場ではなかった。
響いているのは火の鼓動ではない。
押し潰されて泣き叫ぶ“理そのものの悲鳴”だった。
鬼王サカキの身体を覆う赤黒い炎は、揺れこそすれ――
燃えてはいない。
いや。
燃えたくても燃えられない。
燃える資格を奪われている炎。
『……モエ……タ……イ……モエナイ……』
炎の揺らぎは苦しげだ。
手を伸ばされているような寂しさもあった。
だが同時に――
サカキの足元の岩が、勝手に発火した。
燃やす意思も、理もない場所が、
勝手に燃える。
(燃えたい火は燃えず、燃やしたくないものが勝手に燃える……
完全に、火の理が壊されてる……!)
ひかりは息を詰めた。
『……ナマ……エ……返セ……返セ……ッ!』
サカキ自身も、その矛盾に苦しんでいるのが分かった。
「ひかり、行くよ!」
沙羅は両手を胸の前で合わせ、火巫女として最も得意とする祈りを紡いだ。
「――サカキ、私の声を聞いて
正しき炎へ戻って!」
《火祈》
祈りの波がサカキの炎へ触れた瞬間――
炎が一瞬だけ、赤く揺れた。
しかし、
次の刹那。
火祈を跳ね返すように、逆炎が弾けた。
「きゃっ……!」
沙羅の肩が弾かれる。
(火祈を……弾いた?)
火を正す祈り――
本来、暴走した火も落ち着きを取り戻すはずの術式。
それが逆流するというのは、火ではなく“影の理”が前に出ている証だった。
『……消エロ……
望マズニ……モエロ……』
影が、サカキの背で歪む。
沙羅はすぐに次の符を抜いた。
朱の発火符。
「燃えたいなら……火を貸すよ!」
沙羅は空へ投げ、火の理へと祈りを通す。
「――《発火符》!」
符がサカキへ近づく。
普通なら、爆ぜるように炎が走る符術。
しかし――
符は、燃えなかった。
いや、燃えるどころか――
濡れた紙のように、じわ……と燻っただけだった。
「……嘘……
火を燃やす符が……燃えない……?」
沙羅の声が震える。
『……モ……エ……タ……イ……
モエ……ナイ……』
サカキの言葉が、ひかりの胸を突いた。
「なら……私が繋ぐ!」
ひかりが駆け出す。
「――《樹閃》!」
緑光の斬撃が、サカキの炎へ触れた。
本来なら木が火を呼び、燃えられない炎に火が灯るはず――。
しかし。
燃えたのはサカキの炎ではなく、
地面の小石だった。
「え……?」
石が燃え、
炎の理が、燃えるべき場所を誤っている。
『モ……エタクナイ……モエル……』
サカキが苦悶の声をあげる。
(火の理が……めちゃくちゃにされてる……!)
サカキが腕を振り上げた。
燃えていないのに熱だけが膨れ上がる、奇妙な斬撃。
ナナシが前に飛び出す。
「嬢ちゃん! 下がれ!」
刀を横一文字に切る。
「――《風壁》!」
透明な風の壁が立ち上がり、
ひかりと沙羅の身体を包む。
衝撃が風壁を叩き割る勢いで襲いかかる。
岩が砕け、地が焦げ、空気が歪む。
「くそっ……!
燃えてねぇのに、なんでこんな熱だ……!」
ナナシの足が滑る。
“風”だけが、この崩れた火の理に触れられる存在だった。
「土でいく!」
沙羅が土の符を取り出す。
「――《地鎧》!」
地面が盛り上がり、サカキの足元へ鎧のように纏わりつく。
だが――
地鎧は、触れた瞬間に砕け散った。
燃えず、光らず、ただ“形を保てない”崩壊。
「地鎧まで……効かない……
火が……地すら拒んでる……?」
沙羅が震える。
『……理……喰ラウ……
モエル者……モエヌ者……逆ニ……』
影が、ひかり達を包む空気の中で“反転”するように揺れた。
炎が燃えず、石が勝手に発火する。
火祈が逆流し、地鎧が砕ける。
「このままじゃ……サカキが壊れちゃう……!」
「嬢ちゃん、戻れ!
風でも押し切れねぇぞ!」
ナナシが叫ぶが――
ひかりは一歩も引かなかった。
(燃えたい火が燃えられないなら……
燃やしてあげなきゃ……
でも、今の私の力じゃ無理……
何か……何か方法は……)
その瞬間。
〈常世鞘〉が震えた。
鞘の内側から、淡い土色の光が溢れて“地脈”のような線が浮かび上がる。
「……これ……!?」
ひかりが刀を握り締めた瞬間――
頭痛が走った。
(あ……前にも……この光……知ってる……
昔……私が……)
断片的な記憶が脳裏に走る。
異界の空。
封じた理。
戦いの気配。
「ひかり!」
「だ、大丈夫……」
“何か”を思い出せそうで思い出せない。
だけど“自然と出る言葉”がある。
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