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黎命詩―異世界勇者は、名を取り戻す旅に出る―  作者: NaoMizuno
第二章 焔ノ心の詩

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第十七話 紅蓮の願い

 西峰国せいほうこくの空は赤かった。

 太陽が沈む前から、火が光を生んでいるかのように。


 山の頂――焔ノほむらのみね

 そこは火の理が宿る場所であり、国の心臓だった。


 だが今、火は泣いていた。


 赤い光は揺れているのに、暖かくない。

 燃えているはずの炎が、苦しむように、息を詰まらせていた。


「……火が、怖がってる」


 ひかりは胸に手を当てた。

 刀〈暁葉〉が、かすかに熱を伝える。


「わかるのか、嬢ちゃん」


 ナナシは枯れ草を噛み、瞳を細める。


「森ん時と同じってわけか」

「うん。あの時――ユグラは名前を奪われていた。

 だから“自分が何者か”わからなくなって、森に溶けて……泣いてた」


 焔ノ峰の火も、同じ揺れをしていた。


 揺れというより、喪失の震え。


「火が“火”を名乗れない。

 そんなこと、あるんだね……」


 と沙羅さらが言った。

 火巫女の衣は風に揺れているが、その瞳は曇っていた。


「本来、火は呼ばれることで燃える。

 “火”と名を呼ばれるから、火でいられる。

 でも今は……火が“自分の名前”を言えない」

「名が奪われてる……?」


 沙羅の言葉に、ひかりは静かに頷いた。


「だから焔ノ峰へ行く。

 火の心に、触れなきゃいけない」


 山道は黒く焦げたような地肌をしていた。

 でも、焼けてはいない。

 火が、息を飲んでいるだけ。


 生き物の鼓動を、どこかから感じる。

 そしてその鼓動は――弱い。


「……生きてる」

「火は生きモンだろ」


 ナナシは笑ったが、真剣だった。


「だが今の火は、殺されかけてる」

「殺され……」


 ひかりは息を呑んだ。


 名が奪われるということは、存在の骨を削られるのと同じ。


 ユグラはそれで崩れかけていた。


(また、誰かが……名を奪われてる。助けなきゃ……)


 足が前へ進んだ。


 山腹にぽっかりと空いた洞穴。

 そこは光が無いはずなのに、赤く脈打っていた。


 呼吸する心臓のように。


「ここから先は、火の“内側”」


 沙羅は祈るように両手を組む。


「ひかり。

 感じても、呑まれないで」

「大丈夫。私は私だよ」


 そう言い聞かせるように、ひかりは一歩踏み込んだ。


 ――その瞬間


 洞穴の奥から、声が落ちてきた。


『来タカ……』


 声が、世界そのものの裏側から滲み出た。


 耳では聞こえない。

 骨の奥に直接触れる声。


 沙羅の呼吸が止まり、ナナシが刃へ意識を寄せる。


「……誰?」


 ひかりが問うと、声はゆっくりと応えた。


ワレ紅蓮グレン

 鬼王キオウサカキニツカエシ右腕ウワン


紅蓮ぐれん――焔ノ峰を根城とする鬼の将。

かつては人であったと噂され、強き意志を炎に変え、赤黒い鎧と角を持つ姿へと変じた。

鬼王サカキに忠誠を誓い、紅蓮の焔を操る。


「鬼王サカキに……仕えてた……?」


 沙羅が目を見開く。


リトテ、今ハ届カヌ。

 シュノ名、カゲワレタ』


 火が、ひときわ大きく揺れた。


『名ハ理。

 名ナキ者、形崩カタクズレ、存在ヲ失ウ』

「……ユグラと同じだ」


 ひかりの声は震えていなかった。


「ユグラも、名前を奪われて……

 “森そのもの”にされてた。

 自分で自分を呼べなくなって、溶けて……泣いてた。」

『火モ泣イテイル』


 紅蓮の声は、炎より弱かった。


『サカキハ鬼ニアラズ。

 鬼ニ縛ラレタ。

 名ヲラウ影ノ仕業シワザナリ』


 火が、苦しそうに脈打つ。


「……サカキは暴れてるんじゃない。

 暴れさせられてるんだ」

『頼ム。

 シュヲ、救エ』


 その言葉は、命令ではなかった。


 ただの――懇願こんがんだった。


 右腕が、主を想い、それでも届かず、

 ただ名を失った背を見続けてきた者の声。


 ひかりはぎゅっと〈暁葉〉を握る。


「行くよ。

 火を泣かせたままなんて、絶対に嫌だ」


 沙羅は静かに微笑み、


「ひかりはそういう人だね」


 ナナシは枯れ草を噛み、肩をすくめる。


「泣いてる奴がいたら放っとけねぇのが嬢ちゃんだしな」


 火が、かすかに揺れた。

 弱く、でも確かに――応えるように。


「焔ノ峰の奥へ」

「鬼王の名を、取り戻しに行こう」

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