第1話 目覚めた先は異世界だった!?
「次の作品は…異世界転生ものにチャレンジだ!」
独り言を呟く少年の名は下凪竜。私立名労高校1年で、文芸部に所属する平凡な男の子だ。今日も部室でカリカリとノートに構想を書き連ねる。
「竜くんお疲れ様!次は何書くの?」
思いついた設定をまとめる作業をする竜の後ろからひょっこり現れたのは2年の先輩・奥平咲菜だ。彼女は文芸部部長で容姿端麗、成績優秀と非の打ち所がない。竜にとって彼女は憧れの存在だった。
「ひっ!?奥平先輩!?あっ…これはその…」
竜は慌ててノートを隠す。
「え〜隠さなくたっていいじゃ〜ん。異世界転生もの、最近流行ってるよね〜。竜くんの異世界転生物語、楽しみだなぁ!」
咲菜は栗色の長い髪を手で整えながら屈託のない笑顔で言う。竜は思わず彼女の眩しい表情に目を逸らしてしまう。
「な…なんだ…聞こえてたんじゃないッスか…」
竜は再びノートを開いて設定を書きなぐった。
「ふっ、根詰めすぎるなよ。ほらお茶飲めよ。」
そう言って横からペットボトルのお茶を手に現れたのは、同級生の藤木康孝だ。気が利くやつで、竜がよくストーリー構成について相談する相手がこの康孝なのだ。
竜は言われるままキャップをひねり、ごくごくとお茶を飲む。
「ん…にがっ…久しぶりに緑茶飲んだけど、こんな苦かったっけな。」
「先輩に褒められて緊張しすぎてんじゃねえの〜?」
「かもな。」
そんなやり取りをしつつ、小さな部室では笑い声と、時折紙とペンを走らせる音が響いていた。
竜は物語を書く合間合間で、咲菜をちらちらと見る。竜にとっての創作意欲の源泉は、咲菜という存在だった。彼女に見せたい世界、認められたいという気持ち。それこそが竜にとっての活力なのだ。
文芸部での時間はあっという間に過ぎる。竜にとって文芸部という場所はかけがえのないものだった。
「お疲れ様でした〜また明日〜。」
下校時間になった竜は挨拶をして帰路についた。
先に帰っていく竜を後ろから見送る咲菜と康孝。
「先輩、俺もあなたに認められたい。竜みたいに。」
ふと、ぼそりと呟く康孝。しかしその声は咲菜には届ききらなかった。
「え?康孝くんなんか言った?」
「いや、なんでもないっす!鍵職員室に置いて俺らも早く帰りましょう。」
「そうだね。今日もお疲れ様!」
日が沈み、暗くなり始めた廊下は日中の様子とは異なる静けさと不気味さに包まれていた。
一方、竜はいつも通りの帰り道を歩いていた。家の直前の横断歩道まで来たところで、竜はある違和感を覚える。
そう、異常なまでに"眠い"のだ。最近特別夜更かしをしているわけでもないのに。
「ん…おかしいな…めっちゃ眠……」
視界がぼやけ、ふらふらと歩く。この時、竜は気づいていなかった。歩行者信号が"赤"であったこと、そして大型トラックがすぐ近くまで来ていたことに。
ガッシャアアアアアアアン!!!!!
竜はトラックに轢かれてしまった。大きな音を立て、遠くまで吹っ飛ばされる。竜の意識もまた、どこか遠くへ飛ばされてしまった。
「うっ…頭が…痛い。」
少しして、竜は手で頭を抑えながら目を覚ました。そこは木々の生い茂る森の中であった。
「ここは…」
起き上がったその時、近くに一人の少女がいることに気づく。その少女はしゃがんで竜の様子を見守っていたようだ。
「あ、起きた?」
「んえ?あなたは…」
その少女は少しピンクがかった綺麗な白髪をしており、風が吹くたびにふわりと長髪がなびく。
「私はアリシア。魔法使いだよ。」
「魔法使い?何言ってんだ?」
今どき魔法使いを自称する奴なんて、マトモなわけがないと思っていた。髪もおそらくコスプレのウィッグで、アリシアとかいう厨二病的な名前も、キャラに入り込んでいるのだろうと竜は考えることにした。
竜は改めてアリシアと名乗る少女の顔をじっくり見る。その顔には見覚えがあった。そう…
(この子…奥平先輩にそっくりじゃね?)
竜にとっては憧れの存在。高嶺の花。咲菜に瓜二つの容姿だったのだ。髪の色を除いて。
「どうしたの?私の顔になんかついてる?」
アリシアは少しむっとしながら言う。竜は首を横に振り、自己紹介をした。
「ごめんごめん。俺の名前は下凪竜。ここはどこ?全く見覚えない場所だけど。」
「ここ?、ここはエリシオン王国よ。あなたの世界の言葉で言うなら『異世界』というやつね。」
「えっ、えっ、えええええええええ!?」
竜の絶叫は、森じゅうに響き渡った。異世界だって!?竜にとって異世界に転生することは夢みたいなものだった。まさかこんな形でかなうことになるなんて。
「しっ!大きい声出さないでよ!"奴ら"が寄って来るかもしれないでしょ?」
アリシアは人差し指を立ててジェスチャーする。
「や、奴ら?奴らって何さ?」
その時だった。ガサッ、と後ろの茂みが動く音がした。
「ひっ!?」
竜は情けない声をあげる。アリシアは慎重に音のする方を睨みつけ、ゆっくりと近づいていく。
果たして茂みの向こう側にいる"奴ら"の正体とは…!?
-続く-