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第十七話:王都の夜明けと選ぶべき未来

 審問の大広間は、逆転劇の興奮と混乱の渦の中にあった。泣き叫びながら連行されていくイザベラ。全てを失い、抜け殻のようになったギデオン。そして、自らの正義が音を立てて崩れ落ちるのを前に、呆然と立ち尽くすロデリック卿。


 その喧騒の中心で、王太子妃は凛として背筋を伸ばし、事態の収拾を命じていた。


「エラーラ・フォン・ヴィンセントに対する全ての嫌疑を、これより破棄します! そして、この国を蝕む陰謀の全容を、徹底的に調査することを、ここに宣言いたします!」


 その声が、王都に新しい夜明けが来たことを告げていた。


 衛兵たちが広間を制圧していく中、カイは人波をかき分けるようにして、ただ一人、被告席に立ち尽くすエラーラのもとへと向かった。


 ようやく、二人は互いの目の前に立った。言葉は、すぐには出てこない。カイの灰色の瞳には、安堵と、これまで抑えてきたであろう深い愛情が溢れていた。エラーラの瞳からは、こらえきれなくなった涙がとめどなく流れ落ちる。


「……怪我は、ないか」


 カイが、掠れた声で尋ねる。その一言で、エラーラの心の糸がぷつりと切れた。彼女は「はい」と答える代わりに、彼の胸に顔をうずめて、声を上げて泣いた。怖かった。心細かった。けれど、信じていた。


 カイの力強い腕が、彼女の華奢な体を優しく、しかし二度と離さないというかのように強く抱きしめる。それは、大勢の貴族や騎士が見守る中での出来事だったが、二人にはもう、他の誰も見えていなかった。


 その後、エラーラとカイは、王太子妃の私室へと招かれた。そこには、穏やかな笑みを浮かべた銀狼グレイの姿もあった。


「二人とも、本当によくやってくれました。あなたたちがいなければ、私は今も毒に蝕まれ、この国は奸臣たちの手に落ちていたことでしょう」


 王太子妃は、心からの感謝を述べた。そして、エラーラに向き直る。


「エラーラ嬢。あなたの父上、そしてあなたには、あまりにも酷な仕打ちをしてしまいました。この償いとして、ヴィンセント家の名誉と爵位を、正式に回復させたいと思います」


 それは、没落貴族の娘が望みうる、最高の栄誉だった。


 「そして、カイ・ランヴェルド殿」妃はカイにも視線を移す。「あなたには、王直属の近衛騎士団の要職を用意させます。あなたのその比類なき忠誠心と強さは、私の、そしてこの国の守りとなるでしょう」


 富、名声、地位。全てが差し出された。しかし、エラーラはカイの顔を見上げた。カイもまた、彼女を見つめ返していた。二人の心は、同じだった。


「妃殿下。そのあまりにもったいなきお言葉、身に余る光栄です」


 カイが、静かに、しかしはっきりと口を開いた。


「ですが、俺の守るべき場所は、この王都にはございません。俺の剣と魂は、ヴェリデ……いえ、エラーラのいる場所に捧げると、誓いましたので」


 彼は、王都での栄達を、ためらいなく辞退した。


 その言葉に勇気づけられ、エラーラもまた、王太子妃に深く頭を下げた。


「妃殿下。ヴィンセント家の名誉を回復してくださるだけで、十分でございます。私は、貴族の令嬢としてではなく、一人の調香師として、ヴェリディアの町で生きていきたいのです。私のこの力は、誰かの心を癒やすために使いたい。それが、父の遺志を継ぐことにもなると、信じております」


 二人の答えに、王太子妃は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに深い理解と尊敬に満ちた、美しい微笑みを浮かべた。


「……わかりました。あなたたちのような人こそ、この国の本当の宝です。その気高い選択を、私は心から尊重します。ヴィンセント家の名誉回復と共に、ヴェリディアの町を王家の直轄保護地とし、あなたの研究を国が支援することを約束しましょう」


 その夜、王都に新しい秩序が生まれようとする喧騒を背に、エラーラとカイは城門を後にした。もう、彼らを追う者はいない。


 カイの大きな手が、エラーラの小さな手をそっと握る。その温もりを感じながら、二人はヴェリディアへと続く道を、ゆっくりと歩き始めた。


 目指すのは、地位も名誉もない、けれど森の香りと穏やかな日差しに満ちた、あの小さな町。二人が自らの手で選び取った、ささやかで、しかし何よりも輝かしい未来が、彼らを待っていた。

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