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第十五話:決戦前夜、それぞれの誓い

 審問会を翌日に控えた夜、王都は嵐の前の静けさに包まれていた。王城の地下牢では、エラーラが独房の壁に背を預け、静かに目を閉じている。その手には、彼女が書き上げた香りの構成図を記した布が、お守りのように握られていた。


 彼女の心は、不思議なほど穏やかだった。恐怖よりも、明日、父が残した真実を白日の下に晒すという使命感が勝っていた。そして何より、カイがどこかで自分のために戦ってくれているという確信が、彼女を支えていた。


(カイ様……どうか、ご無事で)


 彼女は祈るように、彼の名を心の中で呟いた。


 その頃、王都の地下水路。そこは、表の世界から忘れられた者たちが息づく、もう一つの世界だった。銀狼グレイは、松明の灯りを頼りに、カイを迷路のような水路の奥深くへと案内していた。


「ここが、王城の真下へと通じる、ネズミたちの道だ」


 たどり着いたのは、古びた鉄格子で塞がれた、小さな水門の前だった。


「この先は、俺の仲間が案内する。奴らは、妃殿下の寝室近くまで、お前を送り届けてくれるだろう。だが、そこからはお前一人の戦いだ。妃殿下に謁見し、この手紙を渡せるかどうかは、お前の腕と、そして運にかかっている」


 グレイは、王太子妃に宛てた、事の真相を記した手紙をカイに手渡した。


「妃殿下が動いてくだされば、審問会の流れを変えることができるかもしれん。だが、万が一に備え、俺も外で動く。明日、ロデリック卿が審問会に向かう途中、ささやかな『足止め』をさせてもらう。時間を稼ぐのが、俺の役目だ」


 カイは手紙を懐にしまうと、グレイに深く頭を下げた。「恩に着る」


 「礼などいらん。友との約束を、果たさせるだけだ」グレイはカイの肩を叩いた。「行け、若き狼よ。お前の牙で、奴らの喉笛を食い破ってこい」


 鉄格子が、軋みながら開けられる。その向こうの暗闇から、一人の小柄な男が姿を現した。グレイが言っていた「ネズミ」の一人だろう。カイは頷くと、迷いなくその闇の中へと足を踏み入れた。


 王都の屋敷では、イザベラが苛立たしげに部屋の中を歩き回っていた。


「ギデオン、まだあの男……カイとか言ったかしら、見つからないの?」

「申し訳ございません。王都の全ての門を固めておりますが、狐のように狡猾で……」


 「役立たず!」イザベラは金切り声を上げた。「審問会が終われば、あの女も、あの男も、全てが終わる。けれど、万が一ということがあるわ。明日、何としてもあの男を捕らえなさい。審問の場で、あの女の目の前で、絶望を与えてやるのよ」


 ギデオンは「はっ」と頭を下げたが、その目にはイザベラに対する侮蔑と、カイという未知の敵に対するわずかな警戒の色が浮かんでいた。


 決戦の前夜。それぞれの場所で、それぞれの思惑が交錯する。

 エラーラは、父の名誉と、自らの未来のために。


 カイは、愛する女性を救い出し、真実を明らかにするために。

 グレイは、亡き友との約束を果たすために。


 そして、イザベラとギデオンは、自らの野望を成就させるために。


 盤上の駒は、全て出揃った。


 夜明けと共に、この静かな誓いと陰謀は、王都を揺るがす激しい戦いへと姿を変える。運命の日は、もう目前まで迫っていた。

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