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呪いと祝福

 レイがしつこく学生寮まで送ると言うので根負けしたネルは仕方なく頷く。聞けば気絶したように二時間も眠っていたらしい。辺りはすっかり暗くなっていた。空には金と青の二つの月が出ている。もうじき満月だ。

 部屋について扉に手を掛けようとしたネルはすぐに違和感に気付いた。


(守りの術式が切れてる…)


 中に人の気配はない。が、扉を開くと室内はめちゃくちゃに荒らされていた。窓まで割れている。


「…やられた!」


 ネルは急いで寝台の下に隠した保管庫を探す。床下に埋めて魔術で厳重に隠していたそれは無事だった。元々圧縮していたので大きさは掌に乗るほどだ。


「酷いな…」


 扉の前でレイが眉をひそめる。


「これはすぐに元通りに戻すのは無理だよ。とりあえず今日は僕の部屋に避難しよう。他に持ち出したい大切なものはない?」


 やむを得ない。部屋を見渡して花瓶に生けてあった薬草を掴み取る。盗まれたのは何だ?何かしらの残滓がないか探ってみたが魔力が不安定で断念した。仕方なくネルは扉を閉め、再び魔術で厳重に守りを施す。大した魔力を使った訳でもないのにめまいがする。


「それ以上今日は使わない方がいいよ…ほら掴まって」


 ローブの端を握ると違うと言われて軽々と抱き上げられていた。


「えっ!?ちょっ!」


「移動するから、目閉じてて」


 辺りが暗くて助かった。大抵のことには動じないのに、唐突な初めての「お姫さま抱っこ」の体験に柄にもなくネルは動揺してしまった。


「着いたよ」


 森の中には立派な石造りの建物が隠されるようにして建っていた。ネルの学生寮の部屋何個分の広さがあるのか見当もつかない。少なくとも昔こんな建物はなかった。


「在学中の王族はここを使うように決められているんだよ…」


 ネルの視線に非難めいた何かを感じ取ったのか、レイは思わず言い訳をした。けれども使用人の姿は全く見えない。室内は冷たく静まり返っていた。レイが通るとぼんやりと明かりが灯る。


「他には誰もいないんですか?」


「…もう普通に気楽に喋ってくれていいよ。うん、今は誰もいない。隙あらば食事に怪しいものを混ぜてくるメイドも煩わしくてどんどん解雇したら、ワガママ過ぎると言われて、新しいメイドも寄越さなくなったから」


(無駄に苦労してるんだな…)


 ネルはほんの少し気の毒に思う。


「…歩けるから、もう降ろして」


 ネルが言うとレイは急に意地悪な顔をした。


「…降ろさない」


 結局ネルはそのまま部屋まで運ばれて、豪華なソファーの上に座らされる。レイは手近にあった果物の盛り籠から適当に摘んで口に放り入れた。てっきりテーブルの上の飾りかと思っていたネルは新鮮な気持ちでそれを見る。かつらと眼鏡を外すと少し解放された気分になった。


「横になってていいよ。今日は疲れてるだろうから。あ、それとも何か食べる?お腹減ってない?僕は君が寝てる間に食べちゃったんだけど…」


「元々…あまり食べないから…でも、魔力はほしい…」


 果物を食べていたレイは突然むせた。まじまじとネルを見返す。稀に体質として、そういう魔術師もいたというのは聞いたことがあった。ちょっとした気晴らし程度に魔術師同士で研究塔の空き部屋でやっていたような魔力を流し合う戯れをすることもある。が、食事よりも魔力そのものを直接取り込む人物に実際に会うのは初めてだった。


「…君って特異体質なの?」


「そんな風に思ったこともなかったな…そうなのか?」


(二十年の間に魔術師も変わったのか?)


 ネルの方も内心では焦っていた。当然と思って気にもしていなかったことが色々と変わっている。

 魔法陣の刻まれた右手を差し出すとレイも手を差し出して掌を合わせた。そこから魔力が流れ出してくるのを感じた。レイは少し困惑している。ネルの魔力も流れに乗って微弱ながら相手に流れて循環し始める。


「え…?」


 何故かレイは途中で驚いた表情になり手を離しそうになった。ネルが握り返すと、その手首に奇妙な蔦のような模様が浮き上がっているのが見えた。ジェイドが消えていた空白の二十年の間に羽化の守に入り込んだ歪み。歴史書には詳しくは書かれていなかったが、フレディが言っていた王家の闇。


「これって…」


「精霊の祝福なんて、そんな生易しいものじゃないよ。誰も表立っては言わないけれど、呪いだってみんな思ってる…」


 レイの感情の波に襲われて魔力の循環が大きく乱れた。乱れの中に深い孤独と絶望を感じた。


「羽化の守の儀式の後にこの印が出た者は、長くは生きられないって…」


 五番目の兄は印が出て半年後全身に蔦模様が広がって死んだ、とレイは掠れた声を出した。ネルは掴んでいた手を離した。深く関わるつもりはなかったのに結局感情に流されるのかと心の中で葛藤したのは僅かな時間だった。


「…少なくとも今すぐじゃない…簡単に諦めるな。何か回避する方法がないか探そう」


 この孤独な王子さまを一人にしておくと自分がロクでなしになった気がするからこうするだけだ。自分自身に言い訳をする。ネルは両腕を伸ばしてレイの頭を掻き抱いた。


(せめてこの身体があと五歳上だったら慰めるのも楽だったかなぁ…)


 ふと胸中をよぎった邪な思いを振り払ってすがりつく腕を受け止める。落ち着かせようとして頭からゆっくり背中の方を撫でると、急に不自然なほどにレイの身体が強張った。慌てて手を離す。


「…嫌ならそれ以上は触らないから」


 誰かに不意に触れられると先に傷付けられることの方を恐れる防衛本能が身体に刻まれている。過去に何があったのか知らないが厄介な育ちの王子さまだ。


「レイ…そんなに不安なら私を別の契約で再度縛ったっていいんだ」


 レイはようやく顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔なのに涙は出ていなかった。とっくの昔に泣くことは諦めてしまったのかもしれなかった。


「君は強いね…」


 そっと手が重なる。お守り程度なら大丈夫かと、ネルはレイの左手の甲に魔法陣を刻む。慌ててレイは手を引っ込めようとしたが想定外の魔力が流れてきて、思考が停止した。


「ないよりはマシって程度だから…」


 レイの手に流れ込んでくるネルの魔力は驚くほど澄み渡っていた。まるで深い森の中で深呼吸をしたかのような濁りのない清浄な魔力。誰かと魔力を流し合って気分が良くなったことなど今まで一度もなかったのに。それが羽化の守の儀式を済ませたからなのか、ネルだからなのかは分からなかったが、レイは初めてそれを心地良いと思った。

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