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変化

 ようやく二人が落ち着いてモリス教授の研究室の扉を叩くと、出迎えた教授は二人の様子にギョッとした顔をした。


「レイにネル!?ずいぶんと珍妙な取り合わせね。あなたたち、来る場所を間違えてない?ケンカするにしたって派手にやり過ぎよ?治癒室は空いてなかったの?」


 それもそのはず、ネルは服も顔も全体的に血塗れ、レイもあちこちに血が飛び散って左頬にはご丁寧に叩かれた手形がついている。


「あの…とりあえず、中に入れて下さい…遅くなりました」


 レイはネルを支えるようにして研究室になだれ込む。研究室の中は植物で溢れ返っていた。ちょっとした温室のようでもある。


「先にこの子を少し休ませてあげてほしいです」


 儀式の後にここまで自力で歩いている方がどうかしているとレイは驚いていた。姉上の羽化の守は屈強な戦士だったが三日間目覚めなかった。ものすごい精神力だ。一方、レイの顔を見たモリス教授はクスリと笑う。その空色の瞳は明らかにこの状況を面白がっていた。


「あら?綺麗な顔が台無しじゃないの。まぁ、あなたにはちょうど良い薬なんじゃない?男女構わず食い散らかすからこうやって罰が当たるのよ」


 この話口調で長身のモリス教授はれっきとした男性だ。クセのある金髪を三つ編みにして丸眼鏡をかけている。薬草学と変身術を得意とし、暇さえあれば研究室に籠って実験を繰り返している変わり者だった。由緒正しい公爵家の長男だが、家督は弟に譲ったと聞いている。とはいえ、その変わり者の実験に自ら進んで協力する学生やら助教授やらが後を絶たず、年齢性別を超えて学院内では絶大な人気があるのもまた事実だった。


「…先生にだけは言われたくないですよ…羽化の守は自分だと勝手に触れ回るから否定したらぶたれただけです…」


 レイはどこか投げやりな口調でそう言った。ネルを先に座らせて、自分は汚れたローブを脱いでからその横に腰を下ろす。相手を気遣うようなその視線にモリス教授が不思議そうな顔をした。誰かに対して個人的に興味を持ったことなどなかったのに、とその目が語っている。第八王子はいつでも周りの者をその辺の景色のように眺めていた。その心に留まる者など一人もいなかった。思えばネルも似たようなものかもしれない。とはいえ、むしろネルは進んで景色の一部に同化しようとしているようにモリス教授には見えていた。目立たぬようにひっそりと。


「この子の髪を魔術は使わずに染めたくてお願いしに来たんですけど、ちょっと途中でやり残した儀式の続きを行ったらこのザマで血だらけです。絵に描いたようにうまくはいかないものですね」


「え…?儀式って…」


 ネルは右手を差し出した。魔法陣を見せた方が早い。途端にモリス教授の顔色が変わる。


「なによそれ!!色んな手順無視してあなたったら何暴走しちゃってんのよ!!ネル、身体は大丈夫?大丈夫じゃないわよね。可哀想に…辛かったでしょう」


 モリス教授にまで抱き締められて頭を撫でられる。花のような良い香りがした。ネルには抵抗する力も残っていなかった。早く眠りたい。


「あの…その言い方、僕が人でなしみたいに聞こえるんですけど」


「実際そうじゃないのよ。あなたのことだから、どうせ暇つぶしにちょっと遊んでみようと思って手を出したんでしょ?まぁそのお陰でようやく守が見つかったのは良かったのかもしれないけど…」


 隣でレイがなんとも言えない表情で沈黙する。モリス教授は全てお見通しのようだ。


「で、どうしてそこから髪を染める話になるのかしら?ん…?」


 ネルは仕方なく、もじゃもじゃのかつらを外して見せた。ついでに横からレイが素早く眼鏡も外す。


「…まぁっ!」


 モリス教授は口に手を当てて何故か顔を赤らめた。そうして隣のレイを睨んで急にまた怒り出した。


「なによっ!こんなに綺麗な子がいたら、あなたに群がってた他の子なんか一人も必要なくなる訳よね!なんか無性に腹が立ってきたわ!その手形は消してあげないわよ!」


 プンプン怒りながらもモリス教授は魔術で二人の汚れた服を綺麗にし、血塗れの顔も洗ってくれた。


「で?何色がいいの?」


「黒でお願いします」


「えぇ!?もったいないけど、元がこの色だと仕方ないわね…今までもきっと苦労したでしょう?さ、こっちへいらっしゃい」


 モリス教授は袖をめくって髪を染める準備を始めた。ネルは耐え難い疲労に襲われて目を閉じる。その間レイは、何故か左手首をじっと見つめて思い詰めたように沈黙していたことにネルは気付かなかった。

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