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二つの名前

「ちょーっと待った!そのもじゃもじゃは絶対ダメ!!眼鏡もっ!」


 講義を終えて早々に戻ってきたレイが気怠げにソファーにもたれ掛かる少女に向かって叫ぶ。ネルが変装を戻していた為だった。怪我は全てフレディが治したので、そこまでひどい見た目でもないがまだ顔色は少し悪かった。


「なんで?別に羽化の守に格好は関係ないだろ?」


 もじゃもじゃ頭のネルは新たにジュディス・ロウの名前を手に入れていた。ロウはフレディの母方の姓である。この短時間でフレディはジェイドの記憶に鍵をかけ、あらゆる手段を駆使して偽装工作を終わらせ、彼とネルは晴れて叔父と姪になっていた。


「あのねぇ…元は整ってるのにわざわざ突飛な格好を選ぶ必要もないと思うけど。それにどのみちこの先僕と関わることになるから目立つし周りからだって見られるよ」


 レイの言葉に少女はあからさまに嫌そうな顔をしてため息をつく。


「そんなにこのもじゃもじゃが嫌なら、せめて髪を黒に染めたいんだが」


「えーその翡翠色がきれいなのにもったいない」


 レイは再び不服そうに頬を膨らました。そうすると急に幼い表情になる。少女は今度こそ我慢できずに言い返した。


「近頃の王子は自国の歴史について疎いのか?この国で不吉とされる髪色の相手を羽化の守に選んだと皆に知られたらどうなる?ただでさえ立場の良くない第八王子さま?悪いが君と心中してやるほど私はお人好しじゃない」


 かつらを外して少女はわざと尊大に足を組んで見せた。末子でも王子としてそれなりに丁重に扱われることに慣れてきたレイにとって、こんな身近に第四王女よりも遥かに弁の立つ生意気な少女がいるなど想像してもいなかった。まして自分が王子だと分かった上で挑発している。そこで何故かワクワクしてしまうのが、この王子の悪い癖でもあるのだが、それは退屈な日常がひっくり返るそんな予感がしたからかもしれなかった。レイは急に笑い出した。


「不吉って…それこそ下らない迷信だよ。髪色が何だって僕は全然気にしないけど…」


 そんなレイの様子に少女は意外そうな顔をする。立場云々のくだりで激怒するかと思ったが、レイの反応はその真逆だった。


「君、やっぱり面白いね。気に入ったよ。髪は好きに染めていいから僕の羽化の守、お願いね」


 言いながらレイはジュディスの右手を取ると、僅かに血の滲む魔法陣にぎこちなく口付けをした。


「では正式に儀式を執り行いたいので、学院長は速やかに王宮に連絡をお願い致します」


 優雅に一礼をしてレイは部屋を出てゆく。ジュディスとなったネルはしばらく沈黙していたが、複雑な表情でこちらを見下ろしているフレディと目が合ってしまった。


「…この中身が本来ならフレディとそこまで大差ないおっさんのハズだったなんて知ったら、流石に可哀想だよな…多感な年頃だろうし」


 十分に多感な年頃にしか見えない乙女は手の甲を見ながら呆れたように続けた。


「手慣れてそうなのに下手くそだったな、あいつ。初々しいというか」


 そんな細かい分析はするな、と言いたいのを飲み込んでフレディは続ける。


「もじゃもじゃの名前もまだ学院に残しておきたい理由はなんなんだ?」


「んーなんとなく?ジュディスだけだと疲れそうだし…」


 フレディは少女の右手に包帯を巻いて魔法陣を隠しているところだったが、目を合わせると少女の方がやがて観念したように口を開いた。


「まさかフレディが学院長だと思ってなかったから、実はあまり今まで真剣にはやってなかったんだ。餌をばら撒けば釣れるくらいの感覚で」


「…何を?」


 フレディが怪訝そうな顔をする。


「学生の間で怪しい薬が出回ってるって噂を耳にした。だからそれっぽいのを撒いたら流してる奴らがそのうち接触してくるかと思って」


 今のところ無関係な雑魚しか釣れてないけど、と少女はつまらなさそうに言う。


「…あまり一人で危ないことはするな。以前と今とじゃ色々と勝手も違うだろう?」


「そうなんだよなー力の使い方がまだ慣れなくて。全盛期の四割ってとこかな。そのうち訓練に付き合ってくれないか?身長が足りなくて魔術騎士科の講義も取れなかったから身体を動かす機会が少ないし、かといって一般生徒向けの護身術じゃ物足りないし…」


 少女は包帯の巻き終わった手をぷらぷらと振った。


「分かった。可能な限り時間を空けておく。夜の方が目立たないからいいか?私が不在の場合でも信用できる者をつけるようにしよう」


「…それは助かる」


 そう言うと少女は再びもじゃもじゃを被りヒビの入った眼鏡をかけて立ち上がった。


「さぁて、そろそろネルに戻るとするか」


 そういえば、もじゃもじゃ頭の子の名前はネルだったなと、フレディはようやく思い出す。いつも物静かで学生の中に埋もれていた少年。名簿からは全く気付けなかった。手を伸ばせばいつでも届く所にいたというのに。


「…気をつけろ。困ったら私を呼べ。いいな?」


「一介の生徒に過保護だよ。少なくともここは戦場じゃない」


 行儀良く一礼して部屋から出ようとするネルにフレディは乾かした歴史書を渡す。


「自分が悪しざまに書かれているこれのどこが面白いんだ?」


「んー?今度こそ裏方に徹するための勉強かな?歴史書の表に血塗れの足跡をベタベタ残すのはもうこりごりなんだ」


 苦笑してそう言い残すと、ネルは静かに扉を閉めた。


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