すれ違い
フレディが学院長室に着くと、応接用のテーブルの前に手紙や贈り物の山があった。そういえばジュディスが忘れて行ったのだと思い出す。そして当然のようにネルの姿のフロレンティーナがいて、勝手に在籍名簿と照らし合わせて名前と学年を調べてリストを作っているところだった。
「何をしてるんだ?」
フレディの言葉に紅い竜は、贈り物のお返しをするのよ、と言い返す。
「随分と律儀なことだな」
フレディが言ったところでフロレンティーナは徐ろに立ち上がった。つかつかとフレディに歩み寄り、とんでもない力で胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「フレディ…私に隠してたこと、あるでしょう?」
金の獣の瞳に炎が垣間見える。フレディは絶句した。
「なんのことだ…?」
「私を誤魔化せるとでも思っていたの?昨日一緒に寝たときジュディスの身体に残ってる魔術の痕跡を隅々まで読んだのよ。だからあなたがこっそり紛れ込ませた加護の内容も分かったわ」
「…そうか」
フレディは途端に絶望的な顔をして黙り込んだ。
「なんであなたはそういう大事なことをいつも勝手に一人で決めて命を懸けてしまうの?あなたの人生に私は寄り添うことすらさせてもらえないんだって思ったわよ!」
「すまない…」
「謝らないでよ!許さないんだから!腹が立ったから私は私なりの方法で万が一のことが起きてもあなたもジュディスもみんなも…大切な者を失わないように足掻くしかないじゃない!」
フロレンティーナの目に大粒の涙が浮かぶ。少女姿になったフロレンティーナは泣き出した。おろおろとフレディは少女を抱き締める。しゃくり上げながら少女は言った。
「昨日の夜に…ジュディスと縁を結んだわ…あなたの加護と…これでリスクは半々になったハズよ。それでもまだ…無事な保証なんてないけれど…」
「私の自分勝手な都合に…君まで巻き込みたくなかったんだ…」
フレディは弱々しく呟いた。
「だから、そういうところに腹が立つのよ!巻き込みたくないですって?私が巻き込んでほしいと思ってるんだから、あなたの命まで懸けた隠し事はもう二度としないで!」
そのとき遠慮がちに扉を叩く音がした。扉越しにくぐもった声が聞こえた。
「モリスよ。昨日の夜中に放り込まれた薬の解析が終わったのよ…徹夜で頑張ったのに、そんな外にまで聞こえるような大喧嘩…しないで下さる?」
フレディは咳払いをして魔術で扉を開ける。フロレンティーナは涙を拭うとフレディの手を振り払いモリス教授の元に駆け寄った。
「遮断しておいたから、会話は途中までしか聞いてないわよ…って、えっ?」
フロレンティーナに抱きつかれてモリス教授は目を見開いた。
「フレディのバカ!分からず屋!浮気してやるんだから!」
フロレンティーナはモリス教授を拉致してこつ然と姿を消した。後には顔を覆った学院長が残された。
***
「少しは落ち着いた?」
目を腫らした少女にハーブティーを振る舞ってモリス教授は、自分も同じものを一口飲んだ。この大きさで泣いていると年相応の少女にしか見えない。が、仮にも「学院長の妻」を生徒同様に扱う訳にもいかず、おしゃべりなモリス教授にしては珍しく口をつぐんで静かにしていた。
「あぁ…どうして、私は性懲りもなくあの人のことを…好きになっちゃうのかしら…」
ハーブティーのカップを両手で持ったままフロレンティーナはぽつりと呟いた。
「あなたみたいにもっと優しい人を好きになれたら良かったのに。今回が初めてだったのよ。何度出会っても失い続けて、ようやくここまで漕ぎ着けることが出来たのって。やっと…伴侶にしてもらえたのに…」
「あなた…もしかして…何百年もずっと彼の魂を追ってるの?生まれてくる度に?」
モリス教授は信じられないという風にフロレンティーナを見返す。
「そうよ。悪い?自分でもどうかしてるって思ってるわよ。執着を通り越して妄執よね。しかもあの人は前の人生のことなんてこれっぽっちも覚えちゃいないし。あーあ、次に付き合うならジュディスにしようかしら、あの子なら絶対に私のことも忘れないもの」
フロレンティーナは言ってハーブティーを飲む。そしてハッとしたようにモリス教授の顔を見た。
「今のは言葉の綾よ。忘れて」
「聞き逃すには何だかとんでもないことを聞いた気がするけど…聞かなかったことにするわ」
「それで、薬の解析結果はどうだったの?」
フロレンティーナの過ごしてきたであろう膨大な時間の流れに思いを馳せていたモリス教授は、突然目の前の現実に引き戻される。
「それが、薬なんだけど薬じゃないというか…どちらかと言うと呪いに近いと言うべきなのかしら…って。説明がしにくいわ。人の中にあるちょっとした悪意を増長させるもの。取り込んだ人が他人の言葉に含まれる悪意を拾い上げやすくするもの…一体何を原料にしたのかも分からないのよ。植物のようで生き物のようでもあって。解析出来なかったって言った方がいいわね。お手上げだわ」
モリス教授は眠そうにあくびをした。フロレンティーナは不意に立ち上がってモリス教授の横に立つ。今は座っている教授と大差ない大きさだった。
「…そういえば、もう一つ分かったのよ。昨日ジュディスと一緒に寝たから。あれはモリス先生の魔力だったのね。一介の生徒相手にあの量の魔力を与えちゃうなんて…」
そこで言葉を切ってフロレンティーナはモリス教授を見つめた。今は飢えたジュディスとよく似た目つきをしている。命そのものに爪の先が触れそうな危機感を覚えてモリス教授は動けなかった。
「そこまで思い入れの深い先生ならジュディスを守るために協力してくれそうって思ったのよ。でもフレディには内緒よ。あの人、正攻法でしか勝負をしないから、きっと反対される…」
「一体…何をする気なの?」
「どこの誰が作ったのか知らないけれど、その薬が呪いなら…そうね。こちらは祝福で勝負するのよ。聞いてくれる?」
少女はモリス教授の耳元で囁いた。しばらく我慢して話を聞いていた教授だったがとうとう赤くなって耳を押さえると、子どもじみた仕草で足をばたつかせた。
「耳は苦手なのよっ!どうしてそういうところは学院長と似てるのよ!」




