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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る  作者: 樹弦


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祝祭

 儀式を終えてからは来賓者の相手で慌ただしかった。レイもジュディスもにこやかに対応していたが、さすがに笑顔が顔に張り付いたようで疲れてもいた。遠目には屋台を楽しむ学生たちの姿が見えた。学院内はすっかりお祭り騒ぎだ。出来ることなら自分もあちら側に加わりたい。肩が凝る。途中退席して重い長衣から移動しやすい衣装に着替えた。げっそりした様子のジュディスを振り返りレイはくすりと笑った。


(もう少しだから耐えて)


(覚悟してとか耐えてとか、そればかり聞いている気がするな…)


 戻ってきたジュディスが椅子に座りながらため息をつく。袖のふわりと広がった衣装なので身動きがしにくかった。その代わりと言っては何だが、膨らんだ袖の下で手を繋いでも周囲からは見えない。レイは指を絡ませてジュディスに労いの魔力を流した。


「二人とも疲れただろう?それにしてもなかなかに印象的な儀式になって何よりだ」


 学院長が現れる。学院長は可笑しくて仕方ないという風にジュディスの顔を見た。


「今回はレイの方が上手だったな。で、どうだった?儀式の感想は?」


 学院長の言葉にジュディスは顔をしかめていまだにピリピリする舌先をペロリと出して見せた。傷が出来ている。


「…噛まれた」


 横でレイが咳払いをする。学院長の背後にレイの母親であるレティシアの姿を見つけてジュディスは慌てて舌を引っ込めた。


「お兄さま、お話は終わりました?ちょっとよろしいかしら?」


 レティシアがつかつかと歩いて来る。後ろには護衛と思しき男性が控えていた。レイの前で立ち止まったレティシアは腰に手を当ててレイを見下ろした。強い光の琥珀色の瞳。顔が怖い。異母妹なので二人とも父親似なのだろう。怒るとフレディによく似ていた。


「レイ…羽化もまだでこんな事を言うつもりはなかったのだけど…羽化するからには王子になって、こちらのお嬢さんと結婚するつもりはあるんでしょうね?」


「へっ…?」


 間抜けな声を出してしまったのは隣のジュディスの方だった。レイは固まっている。


「ジュディスさん…婚約者はいないわよね?それとも何か約束していたり…他に好きな人がいたりするのかしら?」


 顔を覗き込むレティシアに、慌ててジュディスは首を横に振った。


「この母の前で、あんな大胆なことをして見せる子に育てたつもりはなかったのだけど、したからにはきちんと責任を持ってもらわないと困るのよ!」


 レイはどんどん青ざめる。その隣で兄である学院長は口元を押さえて必死に笑いを堪えていた。この兄妹は貞操観念からして根本的に合わない。


「レイはあなたにいつもあんなことをするの?それとも今回が初めて?」


「は…初めて…です」


 レティシアに圧倒されてジュディスの声がかすれる。確かにレイとしたのは初めてだ。ただしレイとは。嘘ではない。ジュディスの返答にレティシアは少しだけ安堵の表情を浮かべた。


「もし今後…こういったことであなたが嫌だったり困るようなことがあったなら、いつでも相談してちょうだいね。繊細さの欠片もないこの人は頼りにならないから」


 レティシアは学院長の脇腹に肘鉄を食らわした。学院広しと言えども、フレディにこんなことをできるのはレティシアくらいのものだろう。言いたいことを言えて満足したのかレティシアは踵を返す。


「少し懐かしい人たちの所にも顔を出してくるわ」


 レティシアが嵐のように去った後、三人は同時に大きなため息をついた。心の中でジュディスはレイに問いかける。


(ところで…レティシアって第何夫人?)


(一番最後の五番目だよ…でも分かってると思うけど、なかなか手強いから魔物の巣窟みたいなあの王宮で生き残ってる…)


(で?レティシアの言うように責任は取ってくれるのか?)


 ふふっとジュディスは思わず笑う。


(君がそれを望むなら…)


 レイは自分の唇に指先で触れる。突然ジュディスの血の甘さと柔らかな唇の感触を思い出してしまったからだった。耳まで赤くなってレイは顔を覆った。


***


 ミシェルは盛り上がる学院内でアラステア・モリスを探していた。先ほど生徒に呼ばれたきり戻ってこない。去り際に度を越した魔法陣を刻んでしまったと聞こえた。羽化の守の儀式の後とあってお祭り気分に浮かれた生徒たちが、屋台に群がっている。その多くが友人や恋人とお揃いの魔法陣を手の甲に描いていた。といっても魔力的な拘束力は大してないお遊びだ。

 魔法陣はここ数日で突然流行り出したようだった。もっぱら羽化の守と王子の手にある魔法陣が話題になっており、特に王子の手に守が刻んだ緻密な古代術式の魔法陣を真似ようと、書庫で埃の被りかけていた古い書物の閲覧許可を求める声が増えたと司書が嬉しい悲鳴を上げていた。


 それよりも。何故自分は周りにこんなに遠慮なくじろじろ見られるのかと、ミシェルは急に気恥ずかしくなり足早にその場から離れようとした。以前は人前にも出なかったし、出たとしても見てはいけないものを見てしまったという風に誰もが目を逸らしたのだが。


(この格好…やっぱりおかしかったかしら)


 男装した自分を見下ろす。ドレスには一度袖を通してみたものの鏡の前で即却下した。やはり自分にはこれが一番しっくりくる。


「…ミシェル?」


 突然腕を掴まれて振り返ると、ここにいるとは思っていなかった人物が立っていた。ゾッとする。ジュリアン・テイラー。ミシェルの元婚約者。何があったのかは知らないが急に老け込んだように見えた。


「君…ミシェルだよな?顔を怪我したんじゃなかったのか?」


 両肩を掴まれる。酒の臭いが鼻について不快だった。酔っているのか。それにしても。


「そうか…!分かったぞ!私にわざと婚約破棄をさせるために醜く化けていたんだな!ずる賢い女狐め!そうだろう!?」


 急にこの男は何を言い出すのだろう。腹立たしいとか、悔しいとか色々な感情を通り越してミシェルは脱力してしまった。


「何を言ってるの?あの怪我は本当よ。でも奇跡的に治った。それだけよ」


「うそをつくな!」


 ジュリアンに胸ぐらを掴まれる。あぁこんな薄っぺらい人に多少なりとも恋心を抱いていた過去の青臭い自分が馬鹿らしい。


「私の連れに何か用ですか?」


 そのとき横から低い男の声と共に手が伸びてきてジュリアンの腕を捻った。


「…っ!何だね君はっ!」


 痛みに耐えかねたのかジュリアンが手を離す。ミシェルを抱き寄せたのは、アラステアだった。


「私はアラステア・モリスです。いくらあなたでもモリス公爵家のことくらいはご存じですよね?テイラー伯爵?」


 柔和な笑みを浮かべたアラステアは今日は銀縁の細い眼鏡をかけていた。それだけでかなり印象が変わる。見た目だけなら知的で少し神経質そうな男。それにいつものふざけた話し方でもないし声色も違う。見上げたミシェルは違和感が拭えなかった。


「彼女の言う通り、酷い怪我をしていたのは本当ですよ。こんなに綺麗になりましたが」


 ミシェルが怪我をしていた方の頬をアラステアの指先が撫でる。愛撫といってもいいほどに。そのままそっとミシェルはアラステアの背後に移動させられた。


「元通りになった途端にご執心ですか?あなたと私との違いは先を見越した投資が出来るかどうか…先見の明の違いですよ。つい最近毛皮の貿易でも大損したそうじゃないですか。目先の利益に飛び付くからそうなるんですよ。浪費家の夫人もいらっしゃるのに大変じゃありませんか?あぁ、でもモリス家は融資はしません。残念でしたね」


 いつもより格段に低い声でアラステアは告げる。そうして徐ろに相手の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「頭が悪そうなので、分かりやすく言ってあげます。一昨日来やがれゲス野郎、ってことですよ。分かりましたか?もう一度ミシェルの前にその汚い面を出そうものなら、次は容赦なくぶん殴ります。その貧弱な脳みそでも理解できたなら、こっちが笑っているうちにさっさと目の前から消え失せろ!!」


 アラステアが凄むと周囲からは喝采が上がった。なんだかんだでこの男は人気があるのだ。ジュリアンは顔を真っ赤にするとまろぶように逃げてゆく。その後ろ姿を見送ってアラステアは、はぁぁと大きなため息をついて手首をぷらぷらと振った。


「汚い言葉と暴力も時には役立つのね。手取り足取り教えてくれた学院長には感謝しなくっちゃ。でも腕が疲れちゃったわ…慣れないことはするもんじゃないわね」


 振り返った顔と口調はいつも通りのアラステアだ。


「さ、邪魔者もいなくなったことだし、私たちも楽しみましょ」


 アラステアは歌うように言うと貴婦人を扱うかのようにそっとミシェルの手を取った。


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