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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る  作者: 樹弦


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魔法薬

 懲罰房の東の監視室でミシェルは光りっぱなしの例の部屋の危険信号を見ていた。先ほどから三段階のうちで一番上の数値を示している。学生なら何らかの手段を選ばねばならないところだ。一般生徒は西棟に移動して別の看守に任せた。その気になれば部屋の中の様子も覗けるが、先ほどの学院長の様子を思い出し、さすがにそれは止めていた。


 扉を叩く音がしてアラステア・モリスが入って来る。いつもの差し入れだ。何だかんだで世話焼きの性分が抜けないのは昔から変わらないとミシェルは思う。治癒師の師匠に同行して戦場に現れたアラステアは血を見て倒れるような軟弱者だった。情けないと鼻で笑って馬鹿にした。強さが全てだと思っていた。あの頃と比べて自分はこんなに醜く変わってしまったのに、彼の優しさは変わらない。


「…騙すようなことをして悪かったわね。でもちょっと最近あの人変わったのよ」


 ちょっと?それどころじゃないとミシェルは学院長を思い出して身震いした。アラステアからハーブティーを注いだカップを渡される。危険信号が光りっぱなしの監視室には似合わない癒される香りが辺りに満ちる。何となく乾杯をしてミシェルはハーブティーを口に含む。相変わらず美味しい。


「あら、なぁにそれ?」


 目敏く小瓶を見つけたアラステアは手に取ってラベルを読んだ。そして口に含んだハーブティーを噴き出しそうになって、むせ返る。


「ちょっと!何よこれっ!月の美しい夜にお二人でって…ん?」


 一見すると大人向けの媚薬だ。けれども、この流れるような筆跡にアラステアは見覚えがあった。最近の生徒は文字を綺麗に書ける子が少ないと思っていたのだが、本人は目立たないのに手本のように美しい筆跡を残す生徒がいたのだった。今はもう目立たないどころか注目の的なのだが。


「…まさか!」


 アラステアは慌てて小瓶を開けて香りを嗅ぐ。間違いない本物だ。彼の師匠が昔持っていた。師匠の師匠が作ったと言っていた。手法は戦火で失われたはずなのだが。


「あの子…とんでもないものを寄越してきたわね…月の力を利用した古代術式の魔法薬よ?これ。今飲まない手はないわ!」


 言いながらミシェルのハーブティーに瓶の中身を半分注ぐ。残り半分を瓶のままアラステアはごくごくと飲み干した。


「ほら早く飲んで!一緒に月の光を浴びましょう」


 ハーブティーの余韻を楽しむ間もなく大急ぎで残りを飲まされて、ミシェルはアラステアに手を引かれるまま外に出る。何だか足元がふわふわするようで変な感じだとミシェルは思った。夢の中にいるような。頭上に金と青の月が煌々と輝いていた。


「これには月だけじゃなくて異性の力も必要なの。いいわね」


 アラステアは眼鏡を外すとミシェルを抱き寄せて優しく口付けをしてきた。こんな私にどうしてこの人は、こんなことが出来るのだろう。婚約者はミシェルが戦場で美しさを失った途端に婚約破棄を申し出てきた。元々強い女は嫌だったのだとその時になって初めてそう言われた。興味のあったのは美しい顔と家門だけだったという残酷な現実。あの男は止めておけ、当時上官だった学院長の言葉が今でも耳に残っている。失った左目の場所に鋭い痛みが走った。


「…っ!」


 ボタボタと黒っぽい液体が地面に落ちる。ミシェルはアラステアに眼帯を外されて草の上に横たえられた。


「月の光をたくさん浴びるのよ…」


 焼け爛れ変色した顔半分と目の奥がじりじりと熱い。失って久しいのに何故こんなに鋭い痛みを感じるのか。


「痛いっ…熱いっ…!」


 ミシェルは暴れそうになったが、アラステアの腕に動きを封じられた。


「痛いわよね…ごめんなさいね。我慢して…」


 子どものように頭を撫でられ額に口付けされる。頬にも瞼にも。一体どのくらい経ったのか。酷い痛みがようやく遠のいてミシェルは目を開けた。目の前にアラステアの顔がある。本当は美しい顔立ちなのに眼鏡でわざと崩しているのだと知ったのはいつのことだっただろう。見上げた視界に何だか違和感があった。頭上にあった月はとっくに移動している。それだけの時間が経ったのだとミシェルは理解した。


「見える?」


 いつもは欠けている左側の視界が広くなっていた。


「うそ…」


 起き上がって両手を見下ろす。見える。もう二度と取り戻せないと思っていたのに。恐る恐る頬に触れる。ゴツゴツした手触りだったのに滑らかになっている。


「ミシェル、あなたの瞳…とても綺麗よ…顔の傷だって…私は気にしないって言ったのに、あなたはずっと傷付いて気にしていたわよね…もうすっかり良くなったわ」


 アラステアはそう言って、優しくミシェルを抱き寄せた。

 その日アラステアにすがりついて、ミシェルは初めて泣いた。婚約破棄をされても決して泣かなかったのに、頑是ない子どものようにただただ泣いた。  

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