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朝の森

 翌日も早朝からジュディスは活動していた。まだレイは眠っている。ジュディス自身は元々睡眠時間が他人より極端に短いので、朝は森を散策して薬になりそうな植物を採取したり、森の木々の魔力を少し分けてもらったり、要するに「つまみ食い」をしながらぶらぶら歩くのが日課だった。

 朝靄の中を歩いていると、ふと人の気配を感じてジュディスは反射的に身を隠した。こんな時間に誰かに会うことなどまずない。


 少し木々の開けた場所で素振りをしているその人物の姿を確認して、ジュディスはそれが顔見知りであることに気付いた。わざと足音を立てて近付くと相手が振り返って破顔した。補助講師のウォードだった。上半身裸で汗をかいている。


「お嬢、おはようございます。早起きですねぇ」


「…何してるんだ?」


「見ての通り…今まで怠けていたんで、ちょっと自主練です…あっ、すみません。見苦しいですよね」


 言いながらウォードは慌てて身体を拭いた。それから近くの木の枝にかけてあった服を着ようとする。ジュディスはそれを制した。


「気にしなくていい…私にも似たような場所にそのくらいの傷がついてるから」


 ウォードの腹には爛れた大きな傷痕があった。魔獣の毒にやられたものだろう。ウォードの経歴は昨日調べて把握していた。ジュディスの言葉にウォードは同情とも哀れみともつかない困ったような顔をしてこちらを見る。感情が顔に出やすい。根が素直なのだろう。


「よく見せて」


 ジュディスが近付くとウォードは少々たじろいだ。


「随分下手くそな縫い目だな。国境警備隊にはもう少しまともな治癒師はいなかったのか?触ってもいいか?」


 この位置だと魔力の中枢器官も傷付いただろう。ジュディスがしょっちゅう魔力切れを起こしているのも刺された際の断絶による後遺症だと思われた。もっともジュディスの場合はその剣が格段に厄介な代物だった訳だが。


「あの…お嬢…」


 何かを言いかけたウォードに一瞥で圧力をかけ傷痕を探る。ウォードの場合も魔力を流す器官が粉砕され放出できない状態だった。


「魔力は溜められるんだな、でも外に流せない。満杯になって溢れそうになったらどうしてるんだ?魔石にでも吸収させているのか?」


「よくお分かりで。その通りです」


 ウォードが補助講師なのはそのせいでもあった。療養院に通う為に週のうち二日ほど丸一日が潰れる。しかも翌日は大概身体の調子が悪い。他の補助講師はその事を知らず、二日酔いだのサボり癖だの色々と好き放題言っていた。否定するのも面倒で放置していたらあっという間に周囲から浮いて、友人すらいないのが現状だ。そうして今日からは羽化の守に媚びていると言われることは想像に難くなかった。自ら進んで尻尾を振ろうと思ったのはウォード自身なので、後悔もしてはいないが。


「魔石は無駄に時間がかかるんだよなぁ…私が吸った方が楽だし早い。ちょうど足りてなかったんだ」


 止める間もあらばこそ、ジュディスの触れた掌から、腹に溜まったままだったウォードの魔力が吸い取られ始めた。


「ちょっ…昨日つまみ食いはダメって…言われ…ませんでした?」


「そんなことよく覚えてたな。あれはフレディの炎が異質だからだ…契約者が現れたから混ざってて…」


 言いながらもどんどん魔力を吸い上げられてウォードは危うく声を上げそうになり、慌てて口元を押さえた。この感覚はちょっとまずい。理性のタガが外れそうになる。


「このくらいかな…?」


 ジュディスが手を離したのでウォードはようやく深く息を吸った。思わず息を止めていたのにようやく気付く。栗色の髪をげしげしと掻きながら、ウォードは急に軽くなった己の腹の辺りを見下ろした。気分は悪くなるどころか、むしろ爽快だ。だからこそ余計に怖い。この少女は何者だ。


「ほんとに吸えるんですねぇ…お嬢…こういうことって…その…誰にでもやってるんですか?」


 ウォードの言葉にジュディスは心底呆れたような顔をした。


「やる訳ないだろう。昨日下僕でも犬でも好きに呼べと言ったのはそっちじゃないのか?」


「まぁ、それは本気ですが」


 それを聞いてジュディスはニコリと笑う。


「下僕や犬の健康を気遣うのも良い主人の心得の一つだ。ちなみに吸われる感覚は人それぞれで、本人が一番好むものに近いんじゃないかとフレディは言ってたな。だからフレディは酒がなくても酔っ払うんだ」


 楽しそうに言いながらジュディスは近くに生えていた木から葉を何枚か採取する。薄着なのもあって、さながらその様子は精霊か何かのようだった。気紛れに人前に姿を現しては今日のように祝福や呪いを授けてゆく。とはいえウォードが過去に一度だけ見た精霊よりも、こちらの方が格段に美しい。歳下の少女にこんな感情を抱くのもどうかしていると思うが、崇高ですらあった。


「ウォード先生…一つ提案があるんだ」


 ふと真面目な顔つきになりジュディスは振り返った。


「ケイレブと…呼んで下さい」


「じゃあケイレブ、単刀直入に言う。魔力をまた使えるようになりたいか?」


 ウォードは息を飲む。そんなことが可能な訳はない。だが目の前の少女が戯れを言っているようにも思えなかった。


「それは、できることなら…」


「昨日ケイレブの経歴を見たんだ。拷問に対する耐久値が青の階級だろう。だったら魔力の中枢器官の再構築にも何とか耐えられるかと思って」


「…再構築…」


 ウォードは呟く。治癒師は無理だと言っていたのだが。


「ただし、めちゃくちゃ痛い。だから拷問の耐久値が一番想像しやすいかと思って言ったんだ。そしてそれが可能なのはあと三日ほど…その次の満月を待ってもいいが、その時まで私が今の状態でいられるかどうかは、レイ次第だから現段階では保証ができない。フレディがいて今の私なら可能だという話だ。考えておいてくれ」


「分かりました…やって下さい!お願いします!」


 ウォードは迷わず即決した。


「明日は面倒な儀式もあるし、決行するなら今夜だな。いくら醜態を晒しても構わないが後悔はするなよ?そろそろレイも起きる頃だな…時間と場所は後で連絡する…」


 ジュディスはそう言うと、ヒラヒラと手を振って再び森の奥へと消えてゆく。


「お嬢って…一体何者なんですかねぇ。精霊の類って言われても信じてしまいそうですよ…」


 残されたウォードはジュディスの消えた方を見ながら独りごちた。

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