種明かし
「痛っ!」
天井から落ちてノアは床に転がる。ジュディスとレイは上手く着地できたのか、ノア一人が頭を抱えていた。
「なんだ騒がしいな。この部屋は私以外の魔術は無効化されると言っていたはずだが」
広い机で学院長は山ほどある書類を分けている最中だったが、突然現れた四人を見て面白そうに笑った。
「第七王子がとんでもない場所から侵入してきたせいで、要らぬ負担が増えたな。まったく外回りの防御壁に穴を開けるとは、守も何を考えているんだ。それはそうと何故ノアまで連れてきた?」
頭を押さえながら起き上がったノアは、目の前に学院長がいることに気付いて目を丸くして辺りを見回した。
「えっ?なんで?あっ!学院長先生!助けて下さい!ネルがっ!ネルがネルじゃないんですっ!多分この魔物に食べられちゃったんだ!」
フロレンティーナを指差してノアは半泣きになっている。学院長はぴくりと片方の眉を上げてフロレンティーナを見返した。フロレンティーナは肩をすくめる。
「…ノアはそのことを他の誰かに喋ったりしたかな?」
「い…言ってません。半獣人の僕の言うことなんか、どうせ誰も信じないだろうから…」
「そうか。それは不幸中の幸いだったな。では君は今言ったことをきれいさっぱり全て忘れなさい」
学院長の言葉にノアは絶望的な顔をした。
「学院長先生も…僕が嘘を言ってると思っているんですか?他にも誰かを狙っているかもしれないのに?」
学院長は面白そうにノアを見ていたが、ついに堪えきれなくなったように笑い出した。
「ネル…君は友だちの選び方を間違えたな。匂いも魔力量も立ち振る舞いに至るまで全て読み取らせて同じにしたのに、何故この子は気付いてしまったんだ?」
立ち上がった学院長はジュディスの隣にやってきた。
「ノア…ネルは食べられてなどいない。ちゃんと生きているよ。ただ、これからだんだんレイの魔力も混ざってゆくから匂いも気配も変わって嗅ぎ分けるのは難しくなると思うが。そうだろう?」
そう言って唐突にジュディスの頭を撫でる。一瞬ノアの目に、もじゃもじゃ頭で眼鏡をかけた少年の姿が重なって見えた。
「え…?」
「ごめん、ノア。ちょっと色んなことがいっぺんに起こってこっちの姿に戻ったんだ」
ジュディスが口を開くとノアの耳がピクリと動いた。間違いなくネルの声だとノアは確信する。それでも目をこすって、まだ信じられないといった様子でジュディスを見上げた。
「ネル…なの?」
ジュディスは静かに頷く。
「ノアごめんね。君の大事な友だちを昨日から借りたままにしちゃって。でもしばらく返せないんだ。彼女は僕の羽化の守になったから」
レイがジュディスの隣に立つ。ジュディスの右手の甲には魔法陣が刻まれていた。
「ネルが…羽化の守?じゃあこのネルのふりをしてるのは…誰なんですか?」
学院長がフロレンティーナの頭に触れると赤い髪に金の瞳の少女が姿を現した。
「フロレンティーナだ。私と契約を交わした紅い竜だよ。猫科の種族ともそこまで相性は悪くないと思ったのだが」
「り…竜!?竜って伝説の生き物じゃないんですか?」
ノアが目を丸くする。まずもって王都にいるのが信じられない。
「まぁ…今となっては生きた伝説に近いかもしれないな。面倒だから滅多に人前に姿を現さないだけだ。あぁ、そういえば昨日から学院内でも妙な気配がざわつき始めたようだ。幾つか報告が上がってきている」
フレディは机の上の書類をちらりと見た。
「ノアとフロレンティーナはこれを機に親交を深めてもらいたいから、ちょっと庶務のエステルと一緒に報告の上がった場所を調べてきて貰えるかな?」
何しろこっちの二人はしばらく学院内をうろつけないから、とフレディは言う。半ば強引に押し切られる形で、ノアとフロレンティーナは仕方なくエステルの元へ向かうこととなった。