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青ちゃんはもう一度言ってほしい

 ◆中林青葉◆


「あの先生さ、私を見る目がキモかったんだよね~。『今ボクいやらしいこと考えてます』って顔しててさぁ」

「あの先生、女子からもキモいって言われてましたよ」

「あ、やっぱり!?」


 青葉と湊は、向こうの世界の話で盛り上がっていた。

 お酒も入り、つい声が大きくなるが、気にするような人は食堂には誰もいなかった。

 景気のいい冒険者が昼間から派手に飲んでいる、という程度で、それは別段珍しいことではなかったからだ。


 青葉が飲みやすいと勧めたお酒を湊はまた口にする。


「湊くん、結構行くねぇ~」

「別にこれくらい、大したこちょは」


 アルコールのせいで湊の呂律が怪しい。


「それ美味しいよね」

「まあまあまあ。はい。青ちゃんも飲んでください。俺ばっか飲ましぇて」


 ……私のこと、いない場所では青ちゃんって呼んでるんだ?


 ぽろっと呼び方が変わったことが、なんだかくすぐったい。

 もにょもにょ、と聞き取れない独り言をつぶやく湊は、完全に酔いつぶれロード一直線だった。そんなヘロヘロになりつつある湊を見て、青葉はぼんやりと思う。


 なんか可愛い……。


 普段クールっぽい目つきはとろんとして、お酒で温かくなってきたせいか、うっすら頬が火照っている。

 首が据わらない赤ちゃんみたいに、頭がゆらゆらと小刻みに動いている。


「完全に酔っぱらっちゃった?」


 青葉が尋ねると、湊が言った。


「青ちゃんが、冒険やめたって、俺ぁ、全然いいと、思うんですよ」


 聞いてもちゃんとした答えが返ってこないので、これはもう立派な酔っ払いである。


「もう、十分、お金、稼げりゅようにもなっちゃし、パーティ解散してよその誰かと組んでもいいし、ソロで安全なクエストをしながらっていうのでもね、生活に困らないなら全然いいし」


「解散なんて、やだよ? 私」


「俺もヤなんですよ、青ちゃんのこと好きだから」


「……ん?」


 耳に入った言葉をもう一度頭の中で繰り返す。

 もう一度、ん? となった。


「え? もう一回言って?」

「冒険やめたっていいと思うんですよ」

「そこじゃなくてっ」


 半分寝ているような湊の肩を青葉はぐらぐらと揺らす。

 青葉が望んだ答えは返ってこず、湊は眠ってしまった。


 冒険を休もうと言ったのは、自分のためだということはわかっていた。

 青葉は、湊のその気遣いが嬉しかった。


「察しがよすぎる上に、気遣い屋……」


 頬杖をつきながら、テーブルの下で湊の足をつつく。

 本音は嫌だが、青葉のことを思うと解散したほうがいいのでは――? そんなふうに思うのも、湊らしい。


「心配して先回りできちゃうのも、湊くんだからなんだよね」


 なんでこんな目に。どうしてそんな危険なことを。……この世界にやってきてそう思ったことは何度もあった。

 冒険をしない選択肢がもしあったなら、初日の青葉は真っ先にそれを選んだだろう。


 だが。


「私、楽しいよ。湊くんと一緒にいるのも、冒険するのも」


 これからまた理不尽なことが起きても、今まで以上の命の危機に直面しても、湊とならやっていける気がした。


 支払いを済ませて湊に肩を貸し、青葉たちは店を出た。


「湊くーん、宿屋いくよー」

「ういー……」

「ふふふ。はい、でしょ?」


 罰として、つんつん、と頬をつついてやる。


 昼に食堂に入ったのに、いつの間にか陽がずいぶん落ちている。


 何度か利用したことのある宿屋に入って、二部屋借りる。

 主人が湊を運ぶと申し出てくれたが、断った。


「私の大切な人なので」


 自分で面倒を見たいのだ、と思わず口走っていた。

 口を滑らせた青葉は言っておいて赤面する。

 主人の顔が見られず、教えてもらった部屋へゆっくりと湊を運んでいき、ようやくベッドに下ろす。

 腕が絡まったままだったせいで、青葉も湊が倒れるのに巻き込まれてしまった。


「わわ、ちょ――きゃ」


 気づくと、湊に腕枕をされているような状態だった。

 頭にゴツッとした骨の硬さと筋肉の弾力を感じる。自分にはない腕の感触に、湊に男を感じてしまう。


 視線を上げると、湊は穏やかな寝息を立てて眠っていた。


「……悪い大人だから、何かあったらお酒のせいにするんだよ」


 ちゅ、と湊の頬にキスをする。


 やっておいて恥ずかしくなった青葉は、そのまま硬直する。


「~~っ」


 フリーズが解けて、ごろりと背を向ける。すると、湊が寝返りを打ち、追いかけられる形で背中が湊と密着した。


「お、起きてるでしょ? え、エッチなんだからぁ……」


 大人ぶって嗜めるようなことを言うが、返事はない。

 後ろを見ると、湊はまだ寝ていた。

 ほぅと安心して、青葉はつぶやく。


「今度はね、素面のときに聞かせて。そしたら私すぐオッケー…………じゃなくて。一旦持ち帰ってよぉく考えてお返事するから。と、歳の差って、そんな簡単なアレじゃないんだから」


 そっとベッドを抜け出して、自分の部屋に戻った青葉。


「……今度から、面と向かって青ちゃんって呼んでもらおうっと」


 服を脱ぎ、今日の余韻に浸りながらベッドに入った。




ここまでで一章完結です!


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