52.決意
エリオットとマシューが屋敷に来た、とロベルトはケイトリンに話した。
出産から10日たち、ざわついていた屋敷も少しずつ落ち着いてきた。
「どうして、放っておいてくれないんでしょう。」
ケイトリンは苦しそうにため息をついた。
二人ともはっきりと断ったはずだ。
「お前が魅力的だからだ。」
わざと雰囲気を軽くするように、ロベルトは言った。
ケイトリンは優秀だった。
領屋敷でもテキパキと采配を振るい、屋敷の使用人たちはケイトリンを頼りにしているのが分かった。領地もよく見ているらしく、領屋敷にケイトリンが帰って来ていると聞いて、あちこちから陳情や相談が寄せられていた。
アーロン家は王宮に軸足を置いた経営だとはいえ、預けられた領地を荒らすわけにもいかない、と無難に経営していた父に代わり、ケイトリンは教育や治水など細かく改革していってそれなりの成果を与えていた。
ユティア公爵の城につきっきりになっているのだろうと思っていたロベルトには意外だった。
「二人とも、もう一度会って話がしたいと。マシューは贖罪ではない、お前を愛していると言っていた。」
ケイトリンは俯いて頭を振った。
「マシューは嫌か?怖いのか。」
ケイトリンはロベルトを見た。マシューを怖がってることを、どうして知っているのだろう。
「マシューが言っていた。お前は昔からマシューのことを怖がっていたと。何かあったのか?」
ケイトリンは苦しそうに俯いた。
「彼のせいではないのです。」
「では、わたしのせいか?」
まさか。とケイトリンはロベルトを見て否定した。
「わたしも後悔している。体の弱かったお前を慮れず、自分のことばかり。子どもができてやっと分かった。お前がどれだけ、重圧の中で耐えていたか。」
「……わたし以上の責務を、お兄様も王宮にいた子どもたちも背負っていました。私が不出来だからいけなかったのです。」
「今は不出来ではない。それどころか、王宮でも滅多にいない淑女だ。領地の経営も今やお前がいなければ回っていかない。女性では滅多にしない剣だって。その剣で、姫をお守りしたのだろう。」
「ご存知なのですか⁈」
ケイトリンの頬が染まった。
「王太子殿下から知らされた時は肝が冷えたよ。お転婆もほどほどにしてくれ。」
ロベルトは苦笑した。
「申し訳ありません……。」
真っ赤になって謝るケイトリンを、ロベルトは愛おしく思った。
あの大人しく弱々しい妹にこんなことを言う日が来るなんて、思ってもみなかった。
だが、それだけ強くなったのだ。
「王族の禁忌と言われるあの姫をお守りしているお前は、わたしたちの誇りだ。」
「お兄様…」
持ち上げられれば持ち上げられるほど、ケイトリンは恐ろしい。
今からどんな不幸が訪れるのか。
きっとこのままでは終わらない。
こんなふうに、みんなから期待を寄せられ、それに満足した結果が返せなかった時の恨みが、恐ろしくたまらない。
「おやめください。みんな、期待しすぎなのです。私は不出来な女です。久しぶりに王都に出てきて、物珍しかっただけです。」
「あの2人はそうかもしれない。だが、私たちはそんなふうに思ってない。」
ロベルトは慈しむように言った。
「一人で行ってしまったりしないでくれ。ケイトリン。私はもうお前を傷つけたくない。あの夢のように。」
さ、とケイトリンの顔が変わった。
ああ、やはり、とロベルトはケイトリンを見て思った。ケイトリンは何か知ってるのだ。
「エリオット殿下も、マシューも、そして私も、それぞれに夢を見る。お前を傷つけ、殺してしまう夢。」
ケイトリンは後ずさった。
「…お前は、なにを知ってるんだ?この夢を何故、知ってるんだ。」
「……出て行ってください。」
ケイトリンはロベルトを睨みつけた。
その目をロベルト悲しく思った。
ケイトリンもまた、この夢に囚われていたのだ。
いつからだろう。
きっと自分たちが気づく、ずっと前から彼女は一人であの忌まわしい夢に耐えてきたのだと思うと、堪らなくなった。
「出ていかない。ケイトリン、私はお前を守りたいんだ。」
「あなたが出ていかないなら私が出て行きます。」
「行かないでくれ。」
ロベルトはケイトリンに言った。
「お願いだ。お前を追い詰めたりしない。私たちから逃げて、外国に行きたいのなら止めはしない。だが、誰にも告げず一人で行ってしまったりしないでくれ。私たちはお前を愛している。」
ケイトリンは真っ青な顔を歪ませた。
「私が信じられないのなら、ユグノーでもセシリア姫でもいい。お前を愛するものはここにいる。彼らを悲しませたまま、消えたりしないでくれ。約束するよ。お前の邪魔をしたりしない。ただ守りたいだけなんだ。」
ケイトリンが俯いた。
ポタリ。と磨かれた石の床に涙が落ちた。
ロベルトはセシリアの手紙を持ってきていた。
ケイトリンが王都から消えてから、アーロン家にはセシリアから怒涛の手紙が届いた。
セシリアは文字を読めるようにはなったが、やはり苦手で、ほとんどの手紙は絵で書き記されていた。
セシリアの絵手紙は独創的で、この世界には珍しく、簡単な絵を何個か描いて、一目で内容がわかるもの。
泣き喚いているセシリアの絵や、中にはケイトリンと一緒になって、三人の男を蹴りとばしている絵もあった。
運命と戦え。
かわいらしい絵でそう表現されていて、ケイトリンは思わずくすり、と笑ってしまった。
セシリア。
ケイトリンは心の中で、セシリアの面影を想った。
大事な妖精姫。
彼女が生きる希望をくれた。
セシリア姫なら、必ずあなたをお守りくださいます。
レイフォードが言った言葉を信じたい。
そう。きっと、セシリアなら守ってくれる。
彼女の側にいたい。
だが、そのためには、やらなければいけないことがある。
ケイトリンがスカートをギュ、と掴んで涙を堪えているのが分かった。
「教えてくれ。ケイトリン。お前はなにを望んでいるんだ。」
ロベルトが言った。
お話しします。
ケイトリンはロベルトとともに王都に戻った。




