46.前世の知識
「あの方は、女神そのもの。あなたを苦しめたりなさいません。」
レイフォードがケイトリンの迷いを振り切るように言った。
「あの方はわたしたちに祝福をくださる女神です。その女神をあなたは救った。今度はあなたが救われる番です。」
「そんな、救ってなど。救われたのは私の方です。」
「あなたの寛容さと粘り強さがあの方を救いました。あの方の途方もない話をあなただけは最後まで聞いた。それが現実に役に立つなんて、わたしたちには思いもよらなかったのに、あなただけは理解できた。あなたの心の広さがなければ、あの方は未だに城から一歩も出られなかったでしょう。」
「姫がおっしゃる夢のような話は、私の記憶にある違う世界のものとよく似ているのです。」
ケイトリンは言った。
空を飛ぶ話、人間のまだ知られてない機能についての話、この世界ではありえない技術や機械についての話。
セシリアが思いつきのように話すことには、ケイトリンがかつて生きた世界で常識になっているものがたくさんあった。
「そうだったのですか!?」
レイフォードが驚いた。
「もしかして、お二人は同じ世界に生きていたのでしょうか?」
「分かりません。セシリア姫は過去の記憶ではないとおっしゃるので。」
セシリアとケイトリンの思うものは似て非なるものも多い。発想自体が根本的に違うものもたくさんあった。記憶自体が全く違うのだ。
ケイトリンには過去の記憶だが、セシリアは世界が教えくれる、すでにどこかに存在する、と言う。まるで現在の時間軸で生み出されているかのように語る。
ううむ、もレイフォードが唸った。
「まだ過去を共有してくれていた方が理解できます。あの方のあのぶっ飛んだ行動を説明できるのはあなただけです。どうして、あの年になって泉で水浴びをしようとするのか。しかも天気が良かったとはいえ、秋ですよ?」
ふふ、ケイトリンは笑った。
「お言葉通り、入りたかったからなのでしょう。」
そこですよ、とレイフォードは深くため息をついた。
「数々の試練を乗り越えきましたが、今回ばかりは度肝を抜きましたよ。あの方は必要以上に育つところは育っているのに、あの慎みのなさ!」
「申し訳ございません。」
ケイトリンが即座に謝ると、レイフォードが慌てた。
「あ、いや、あなたのせいでは。」
「やはり私では教育は無理なようです。あんなセシリア姫でも、可愛くて仕方ないのです。私一人だったら、止めていませんでした。」
「ケイトリン様⁈」
レイフォードの慌てた顔を見て、ケイトリンが声を上げて笑った。レイフォードも釣られて笑う。
セシリアは水浴びが好きだった。
特にケイトリンの治療のために行った温泉を気に入り、ザドキエルへの旅行の後も、ザドキエルより近い温泉に何回も行った。
そして、ケイトリンも温泉が好きだった。温泉だけでなく水を好み、セシリアとともに湖や海に度々出かけた。
「そうですね。神殿に入られるには、私のような介添え人があの方には必要なのでしょうね。せめて、私に代わるような方が出てくるまでは、私もそばにいてあげたい。」
「それでは、お引き受けくださいますか?」
ケイトリンが迷った顔で俯いた。
「もう少し、」
「ケイトリン!」
考えさせてください、と言いかけたところで、ケイトリンに声がかかった。
2人が声をした方に顔を向けると、エリオットがすぐ近くにいた。
エリオットは侍従をかき分けて、二人のテーブルまで来た。
そして、レイフォードをにらみつけた。
「お前は?」
明らかに剣呑な声で、レイフォードに問うた。
レイフォードは顔色を変えず、にこやかに礼をした。
「ユティア公爵家の執事のレイフォードでございます。ご機嫌麗しゅう。殿下。」
「そうか。悪いが、ケイトリンと話がしたい。」
エリオットは傲岸不遜に、レイフォードに言った。
ケイトリンは助けを求めるようにレイフォードを見た。
レイフォードは優しく、ケイトリンに微笑んだ。
「かしこまりました。殿下。もう少しでこちらのお話も終わりますので、申し訳ございません。お時間をいただけますでしょうか。」
エリオットは、怪訝な顔をして、少し離れた。離れてはいるが射抜く勢いで睨みつけている。
「お返事はまた、後日。ケイトリン様。」
「あの、レイフォード様。」
助けてください、とケイトリンは目で訴えた。
「大丈夫です、ケイトリン様。あなたには女神が付いている。恐れることはありません。」
レイフォードがいつになく真剣な様子で言った。
「何かあれば私どものところへお越しください。お嬢様なら必ずあなたをお守りくださいます。」
レイフォードはケイトリンに礼をして去っていった。




