4.背中の痣
エリオットから返事が来た。
ケイトリンのお願いした夜会には、既に約束している人がいるから、と断られた。
「なんてことでしょう。」
侍女のマリアがため息をついた。
「こんな非礼はあり得ません。抗議すべきです。」
「だけど、王族に抗議なんて。」
「あなたは正式な婚約者です。その方を差し置いて他の方との約束を優先させるなんて。いくら王族といえど、失礼です。」
ケイトリンは困って俯いた。この結果を家族に言うこともためらわれた。
言ってしまえば、王家に楯突くことになる。
背中が痛んだ。
二回目の生では、徹底的に婚約者を拒んだ。
いつから記憶があったのか定かではないが、婚約する前から会うことを拒んだが、婚約は避けられなかった。
あの世界は今と同じような世界だったが、決定的に違うことがあった。
今の世界ではない力を持っていた。
貴族の条件はその力を持つこと。
決まった文言と能力によってその力を引き出し、とても便利に使っていた。
魔法、とそれを呼んだ。
ケイトリンが生まれた一族はその中でも稀有な力を持つ一族として尊重され、統治者たちはその力を欲しがった。王族も例外ではなかった。
だからいくらケイトリンが拒んでも、王族は手放さなかった。
ケイトリンは運命を知っていた。
ケイトリンと結婚するはずの相手は自分を憎み、殺すだろう。
その前の生で味わった死の残酷さに震えた。
そしてその時の婚約者である王族は婚約後、運命の相手に出会った、と宣言した。
彼女の力もまた稀有だった。
ケイトリンの一族と違い、血脈で引き継がれるものではなく、突発的に生まれ出る力は、その世の中でも最も貴重なもの。
血脈の力を重視する貴族と、稀有な力を守ろうとする貴族との間で争いが起き、国を二分する内紛へと発展した。
もともと燻っていた火種が、発火したのだ。
燃え出すと早く、婚約者が運命の恋人と出会って、5年ののちには、国中の貴族を巻き込む内紛になっていた。
ケイトリン一族は血脈を標榜する勢力の首謀となり、戦いに負け、国を追われた。
ケイトリンが実の兄に斬られたのは、国外への逃亡の途中だった。
家族とともに屋敷を逃げ出し、国境まできた。夜陰に紛れて、国境を超えたと思うと、兄が馬車を停めた。
ケイトリンは乱暴に投げ出され、馬車は発車した。
全ての元凶はお前だ。
兄は冷たい目でケイトリンを蹴った。
お前の価値など、女で生まれたことだけと言うのに。あれだけの教育を施されておきながら、自分の価値も分からぬとは。
ケイトリンは、蹴られながら罵られた。
そして。
じくじくと背中の痣が疼く。
ケイトリンは心臓の場所を庇うように、服を握りしめた。
兄は剣を抜いた。単なる剣ではない。
防御魔法も破る、特別な剣。特殊な能力を授かったケイトリンの一族に伝わる呪いの剣だった。
その剣で人を殺めたことが、この内紛の形勢を作った。
どんな魔法使いでも、一撃で息の根を止めることができる禁忌の剣。
やめて。ケイトリンは後ずさった。
ごめんなさい。こんなことになるなんて。私はただ、逃げたかったの。
逃げるだと?
我が一族に生まれて来たことが、そんなに苦痛だったのか⁈それならばもっと早く、お前を殺せば良かった。一族の中から養子をもらい、王族に差し出せば良かった。
それを、お前はいつまでも王子が嫌だと駄々をこねた。お前ごときの顔で、文句を言うなど、生意気な。
ケイトリンは後ろを向いて走り出した。途端、背中に火をかけられたような痛みと衝撃が走る。
ケイトリンはその場に崩れ落ちた。
サクサク、と草を踏む音がケイトリンの耳に響いた。
我が一族の恥。だが、せめてもの情けに一思いに死なせてやろう。
兄が冷たい声で言った。
お兄様。
ケイトリンはうつ伏せたまま、涙を流し、呟いた。
火のように燃える背中から、液体が脇腹に滴るのがわかる。
ガン!
体の中に鈍い音と衝撃があった。
痛い、と感じる前に、ケイトリンは意識が薄れた。
逃げられなかった。ケイトリンは最後にそう思った。




