34.もう一人の幼馴染
翌日、ケイトリンはユグノーを連れて中央神殿に行った。
ユグノーはもうすぐ5歳。
この国では5歳まで大きくなった子どもには、祝福を受けさせる習慣があった。
父のロベルトも祖父母のアーロン伯爵夫婦も、太王の崩御と任務に忙しく、ユグノーもケイトリンに懐いているためケイトリンは付き添いに神殿に訪れた。
ユグノーはロベルトによく似た利発で美しい顔立ちの子どもだった。
ただ性質は少し気難しく、両親と心を許した数人の侍従にしか懐かなかった。
同居する祖父母さえあまり懐かないユグノーだったが、なぜかケイトリンには懐いた。
会うのは一年一度程度だったが、ユグノーはよく覚えていて、ケイトリンと会うと離れなかった。
ケイトリンにとってユグノーは希望だった。
記憶にある生の中でも、甥の存在はない。
あの辛い繰り返しが終わり、新しい生が始まった象徴のようだった。
ケイトリンもユグノーを可愛がった。
性格はお前似だな、とロベルトは言うが、ユグノーは好奇心旺盛で与えられる教育も興味を持って取り組んだ。
だから、全然違う、とケイトリンは思う。
アーロン家の後継らしく、ユグノーは5歳にしてはたくさんの時間を勉強に当てていた。
セシリアの気ままを見ているケイトリンはかわいそうに思ったが、ユグノーはあまり苦痛に感じていないようだった。
神殿に訪れるものは、ほとんど身分を問われない。
さすがに王族は別室で祝福を受けるが、ケイトリンたちは一般のものと並んで、聖歌隊から祝福を受け神殿前の広場で一休みした。
神殿の前にはいくつもの簡易の店が出ていた。
ケイトリンたちも新鮮な果物のジュースを買い、飲み終わって帰ろうとしていた時、どん、とケイトリンに体当たりした衝撃があった。
あ!
可愛い声で子どもだと分かった。
ごめんなさい。と女の子が謝ったのがわかった。
振り向くと、金髪で巻き毛の可愛い女の子が、泣きそうな顔でカップを握りしめていた。
「エリザベス!ああ。申し訳ない、ご婦人。服を汚してしまって。」
エリザベスと呼ばれた女の子の父親らしき紳士が、ケイトリンに謝った。
後ろからぶつかられ、エリザベスの手に持っていたホットチョコレートがかかってしまったらしい。
服の汚れを侍女と一緒に確認していたケイトリンは、紳士を見て思わず、あ!と声を上げた。
紳士は訝しげにケイトリンを見たが、ケイトリンのことはわからなかったらしい。
「本当に申し訳ない。ご婦人。娘が粗相をしてしまって。私は、子爵のマシュー=ドゥオ=リングスタットと申します。あとで、代わりのドレスなどお詫びの品をお持ちします。お名前を聞かせていただいても、いいでしょうか。」
いいえ、それには及びません。とケイトリンは俯きがちに答えた。
「子どもがすることです。小さな失敗ですわ。どうぞ気になさらないでください。」
「そういうわけに参りません。せっかくの高価なドレスです。どこか専門の業者に洗濯に出されるなら、もちろんこちらで持たせていただきます。」
ケイトリンのドレスは一見地味だが、最新の染色技術で染め抜いてあった。
どう断ろうか、困って眉を寄せ俯いていると、ユグノーが心配そうにケイトリンを見上げて言った。
「汚しちゃったの?悪いこと?」
え、ええ、とケイトリンは曖昧に答えた。するとユグノーはエリザベスに向かって言った。
「ドレスが汚れちゃったんだよ。ダメだよ。走ったら。叔母さまが困ってるでしょ。」
「まあ!ユグノー。」
ケイトリンは慌てて止めた。
エリザベスはいたたまれないように、泣きそうに俯いた。
「ユグノー。私がいいと言ってるのだから、あなたが怒ることではないのよ。」
「でも。」
「汚れてしまったことは悪かったかもしれない。でも、元に戻るものをそんなふうに責め立ててはいけないわ。エリザベス嬢も謝ってくれたわ。それ以上のことはいらないのよ。それにね、これは彼女と私の間で起きていることなの。あなたが口を出すのは間違っているわ。」
ユグノーはしゅんとしてしまった。
「いや。君の言う通りだよ。ユグノー君。走ってはいけないと注意されていたんだ。守らなかったエリザベスが悪い。だけど、子どもの彼女にはお詫びができないから、父親の私にさせてほしい。」
と言って、ケイトリンを見た。
その時、マシューが息を飲んだのが分かった。
「……君、は。」
分かってしまったのか、とケイトリンはため息をついた。
「気になさらないで。本当に。」
「君、もしかして、ケイトリンか?」
お久しぶりね、マシュー、とケイトリンは苦笑した。
マシューはまじまじとケイトリンを見た。
「君なら余計に。そのままで帰すわけにはいかないよ。この後は用事があるのかい?もしよければ、うちの屋敷で待ってほしい。」
「この子のお母様が屋敷で帰りを待っているの。本当に大袈裟にしないで。これくらい。」
いや。とマシューは引き下がらなかった。
「あとでお屋敷に伺うよ。少し話す時間をくれないか。」
マシューは強い目でケイトリンに言った。




