↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痣の記憶 ~きっとあなたは運命の人  作者: 大菊小菊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/61

13.失くしてしまった分も

雪が溶けて、ケイトリンは馬に乗るようになった。


毎日少しずつ馬に乗る時間を増やして、いずれは一人で領内を回れるようになりたかった。


領内の見回りは世話人の仕事だったが、ここにケイトリンがいる限り、主家のケイトリンがその仕事をするべきだと思った。

ブライアンはケイトリンの遠乗りに必ず付き添ってくれた。どうやら、剣術の指南だけでなく護衛としても雇われていたらしい、とケイトリンは気づいた。


ということは、彼を撒かないと死ぬこともできないのだわ。


ケイトリンは皮肉に笑った。


前回の生よりもずっと不自由な世界。

生きるにも死ぬにも監視がついて、誰かに報告されている。


いつか、自由になる時が来るのかしら。


繰り返す苦しみから。

陥れられる恐怖から。


生きている限りつきまとう記憶。

その轍を踏まないようにうまく逃げて、自らが納得した人生を終えることができるのだろうか。


ケイトリンはまだ寒い風に吹かれながら思った。


実家からも、王家からも連絡はなく、ケイトリンは穏やかに暮らせていた。


時間はかかりながらも屋敷の中で働くことを覚えた。

時々、記憶を思い出し頭痛や体の痛みを感じた。その度に休憩をしなるべく庭に出たり、剣を振ったりして記憶を振り払うようにした。


ずっと、このまま。


この生で初めて、穏やかに過ごしている気がした。

家族と離れることで、こんなにも心が安らぐことに罪悪感はあったが、あの気が狂いそうな重圧から逃れられたことを、安堵していた。


ここにいれば、いつかあれは夢だったのだ、と笑える日が来るのかもしれない。


二度と王都に戻る気はなかった。

未だ婚約が解消されたと連絡はないが、そんな日が来るのもそう先の話ではないだろう。


そうすればエリオットとも縁が切れ、王都に戻らなければ、すれ違うこともない存在になる。


そうなった時がやっと、運命から逃げる第一歩。

そこからさらに、今度は噂も聞こえない場所へ逃げなければいけない。


いつか、そんなふうにまた旅立たなければいけない日がくるだろうが、今はまだ始まったばかりの穏やかな生活を噛み締めていたかった。


「なんか、匂うな。」

ケイトリンと横に並んだ馬の上で、ブライアンが言った。


匂う?ケイトリンが不思議にブライアンを見ると、ブライアンと世話人が風上を凝視していた。

ケイトリンはその目線の先を追った。


目線の先にあったのは、村。

風上になるその村から、うっすらと煙が上がった。


火事だ!


ブライアンはとっさに馬の腹を蹴った。

ケイトリンと世話人は、出来るだけ早く村に向かった。


村に着くと、匂いが強くなり、燃えている家にさすがに人々が気づいた。


村の人々が世話人に気づいて、取り囲み、口々に火事だ!火事だ!と騒いだ。

子供が中にいるんだ!

そうケイトリンの耳に聞こえた時、燃えている家の窓に子供の影が見えた。


子供が!


ケイトリンは叫んだ。

「だめだ。危ない、お嬢様。下がってくれ。」

ブライアンが上着を脱いで、そのまま屋敷に入っていった。


死なせはしない。


死ぬのなら、私が。


ケイトリンは目の前にあった井戸から水を汲み、頭から被った。何回も繰り返して体を濡らし、バケツに水を汲んで屋敷に走った。


子供の泣き声が聞こえていた。

うるせえ!泣くな!ブライアンが叫んでいた。


声のする部屋に入ると、ブライアンが片手に赤ん坊を抱き、もう一人の子供をタンスから下ろそうとしていた。


「ブライアン!行ってください!私が連れて行きます!」


ブライアンの服が燃えていた。ケイトリンはブライアンに水を被せて言った。


「お嬢様!なんてこった!」

「行ってください!さあ!飛び降りなさい!死にたくないでしょう!」


タンスの上で泣き叫ぶ子供に、ケイトリンは大きな声で言った。


あたりは白く、熱で息が苦しい。

子供はケイトリンの声に、わあ、と泣いて飛び降りてきた。


抱きとめ切れず、ケイトリンは子供ごと倒れた。すぐに立ち上がり、部屋を飛び出した。


部屋の外は火の手が回っていたが、ケイトリンは子供の口を押さえて夢中で扉に向かった。


あたりが白から透明に変わった。


助かった。

そう分かって、子供とともに地面に倒れた時、ボン!という爆発音とともに、出てきた扉から炎が噴き出した。


お嬢様!!


ケイトリンを呼ぶ声がして、だれかがケイトリンの体を引きずったのが分かった。

バシバシと背中を叩かれ、水を被せられて、どこかが燃えていたのだとわかった。


「お嬢様!大丈夫か!」


意識ははっきりしていた。

獣臭い。何かが燃える匂いが離れなかった。


ケイトリンの長い髪が燃えていた。


それにケイトリンが気づいたのは、屋敷に帰った後だった。

火事の顛末を聞いたリアネットとマーサは泣いていた。


「お願いですから、無茶なことをなさらないでください。なんてこと。髪が。お嬢様の髪が。」

リアネットは蹲って泣いた。


ブライアンが先に助け出した赤ん坊は、その後、死んでまったと聞いた。


ケイトリンは弔いに行きたいと言った。

屋敷の者たちは、いい顔はしなかったが、ブライアンが連れて行ってくれた。


埋葬された墓地を、助けた子供とその家族が案内してくれた。

申し訳ございません。と家族は泣いていた。自分たちの不注意で、お嬢様を危険に晒し髪までと謝られ、ケイトリンは頭を振った。

「命に比べれば、こんなもの。」

とケイトリンは呟いた。


ここにいるみんなが、自分を責めている。


両親は子供だけで残していたことを悔やみ、兄弟は逃げ遅れたことを悔やみ、そしてブライアンも自分も、もっと早く助けに入らなかったことを悔やんでいる。


ケイトリンは助けた子供を抱きしめた。

「あなたがいてくれて良かった。助かってくれて、良かった。あなたもいなくなったら、お父様たちは生きていけないわ。自分を大事にして。失くしてしまった命の分、あなたが生きるのよ。」

子供はひくひくと泣きながら、ケイトリンを抱きしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。