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ふきだまり  作者: 村松康弘
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俺の声 6

 翌日のクリスマスイブは朝から本格的な雪が降っていた。冬は雪がつきものの街だが、年を越す前にこれほど積もることは少ない。

 黒崎が階段を下りてフロアーに出ると、KENTはモップを片手に持ったまま、電話をしている。

 「はい、ええ。…うーん、できればあまり。…そうですか、はあ」

 曇った表情のKENTを横目に、黒崎はカウンターに入ると、地元紙を広げて天気予報欄を見た。大雪は明日未明まで続く予報だった。

 電話を切ったKENTはため息を吐き、モップを壁に立てかけると、カウンターのスツールに腰を下ろした。

 「困ったことになっちまいました」

 KENTはカウンターに頬杖をついたまま、黒崎に話しかけた。

 「ブラックダイヤモンドの店長からだったんですが」

 ブラックダイヤモンドとは、繫華街にあるライブハウスの名前だ。プロミュージシャンも呼ぶ店なので、規模は大きいハコだ。

 「今夜、クリスマスイブのイベントがあるらしいんですが、2組キャンセルが出ちまったので、穴埋めに出てくれないかって電話で」

 黒崎はタバコをくわえたまま、黙って話を聞いていた。

 「俺は今、大っぴらに人前に出れる状況じゃないと説明したんですが、なかなか引き下がってくれなくて…ホームページのタイムテーブルや、店前の演者リストに名前を出さないからシークレットでなんとか頼むって言われて。…俺、あの店長にちょとした借りがあるもんですから、無下に断れなくて」

 「出ることにしたのか?」

 黒崎が言うと、KENTは、はい…と答えた。

 「…なんか罠くせえな、あのハコは北竜とつながりがある店だ。俺はやめといた方がいいと思うけどな」

 KENTはもう一度ため息を吐くと、

 「そうですよね。…でも一応受けちまったんで、さっと行って、さっとやって、さっと帰ってきます」

 黒崎は『帰ってきます』の言葉に、いつのまにか同居人になっていると感じたが、悪い気はしなかった。

 

 ― 18時。

 KENTはニット帽にサングラスに黒いマスクといういで立ちで出て行った。ギターはハコにあるものを借りるらしい。

 ボックス席の向こうのカーテンを開けた。結露を指でこすると、街灯に照らされた雪が見えた。止む気配はない。

 しばらくすると、闇医者がやって来た。頭や肩の濡れをハンカチで拭きながら、

 「外は大雪だぜ、普段降らない地域の連中は、ホワイトクリスマスなんて言って喜ぶんだろうが」

 そう言ったあと、珍しく神妙そうな顔をしている黒崎に気づき、

 「なんかあったんか?」

 と、聞いてきた。

 黒崎はKENTがやって来た夜から、今日までのことを話した。

 「そうか。…黒さんが心配なら行ってくればいい。その間、店番してやるよ」

 闇医者の言葉に感謝するように、あのクリスマスソングのレコードをかけた。


 黒崎はKENTの出番が20時と聞いていたので、間に合うように店を出た。ビニール傘を差して歩道を歩いていると、クラクションが鳴った。振り向くと、腐れ縁のタクシーだった。

 「黒さんが外歩いてるなんて珍しいじゃねえか、しかもこんな天気悪い夜に。…まあ乗んな」

 後部座席のドアが開いたので、黒崎は乗り込んだ。

 「店の仕事納めはいつだい?」

 ドライバーはルームミラー越しに話しかけてくる。

 「仕事納め?…仕事もしてねえのに納めるもなにもねえよ。俺はただ店でボーっとしてるだけさ、暮れも正月もねえよ」

 ドライバーは高らかに笑うと、

 「違いねえな。…で、どこに行きゃあいい?」

 黒崎がライブハウスの名を告げると、タクシーは圧雪を踏んで発車した。


 交差点の手前でタクシーを降りると、地下アーケードの階段を歩き、ライブハウスの前に立った。久しぶりに来る店だ。店先のネオン看板を見るが、約束通りKENTの名はなかった。

 店内に入りチャージを払い、ドリンクチケットを受け取る。ロビーには若い連中がたむろしていて、酒を飲みながら大騒ぎしている一団もいる。この天気にもかかわらず超ミニスカート姿の娘も見える。

 重いドアを開けてホールに入ると、バンドサウンドが威圧してきた。黒崎はカウンターに行き、紙カップのビールを受け取った。

 ステージではスリーピースバンドが、50sロックを演奏していた。黒崎と同じ40代だと思うが、勢いがある。ギターはグレッチのホローボディ、ベースは黒い大きなウッドベースを、バンバンとスラップしている。よく聴くとストレイ・キャッツのカバーだった。

 黒崎は眺めながらホール内を移動し、入口から一番遠い壁にもたれて聴いていた。広いステージは客席より50センチほど高く、その段差の客席側には、腰の位置より高い金属製のバーが設置されている。

 最前列の客はそのバーにもたれるようにして、ロカビリーのビートに体を揺らしていた。

 

 


 

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