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ふきだまり  作者: 村松康弘
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泣いてチンピラ 2

 ――紀美江が帰ると入れ替わるように、小堀健太こぼりけんたがギターケースを背負ってやって来た。先日、みゆきとともに飲みに来た時に、新しいギターを買ったと言っていた、それを見せびらかしに来たのだろう。

「持ってきましたよ! ギブソンの……」

 と言いかけて椅子のベッドに寝ている少年に気づいて言った。

「誰ですか、このボロっちいヤツ」

 少年が着ているジャンパーはあちこち破れ、ジーンズは泥で汚れていた。

「紀美江が拾ってきた、タトゥー2号みてえなもんさ」

 そう言って黒崎は笑った。健太は不審げな顔で上からのぞき込む、そして、あ!、と言った。

「俺、こいつ知ってますよ、越川武士こしかわたけしって名前で、高校の同級だったヤツです。……ヤクザになるって言って1年の時に辞めたんですけどね」

「ふうん、……紀美江がその辺に転がってるの見つけて、連れていくって意地張ったから仕方なく連れてきた。カワセの社長に負ぶってもらってな。……こいつは何者だ?」

「さあ、学校辞めて以来会ってなかったんで。……どうせチンピラみたいなことやってるんでしょう、このザマ見れば」

 どうやら健太は武士に好意を持っていないようだ、見下ろした視線も冷ややかに見える。そして興味をなくしたようにスツールに腰掛けた。ケースからギターを取り出す。

「それより見てくださいよ、ギブソンJ-45です! 黒さんのようなパーラーにしようか迷ったんですけど、俺はまだブルース弾けないしストロークをかき鳴らすのが好きだから、やっぱドレッドノートにしました」

 取り出したギターを撫でまわす、そしてジャラーンとコードを鳴らした。やはりギブソン独特の太い音がする。

 

 背後で、うーん、と呻き声が聞こえる。武士がギターの音で目を覚ましたようだ。健太が振り向いて言った。

「よう、武士、久しぶりだな。……お前、ボロっちい顔してるぜ」

 その口調はいくらかケンカ腰だ、武士はしかめっ面で睨むように見ると、

「お前は……、なんだ、健太か」

 と言って腫れあがった目をさする、折られたのか前歯が1本欠けているのでしゃべりづらそうだ。

「誰かにやられたんか、そんなポンコツなザマになって」

「うるせえ! お前に関係ねえだろ!」

「お前、ヤクザになるなんて言ってたけど、そのショボい夢は叶ったんか?」

 健太はわざわざ挑発的なことを言った、武士の三白眼に怒りの色が浮かんでくる。

「てめえ、ケンカ売ってんのか!」

 歯抜けの前歯をむき出しにして、武士は椅子から立ち上がろうとする、途端、痛てっ!、と腹部を押さえて背を丸めた。また苦しそうに呻く。

「健太、やめとけ。……それから武士とやら、お前骨折はしてねえようだが、腹のあたりを派手にやられただろう。内臓が傷んでるかもしれねえぞ」

 黒崎が言うと黙ってうつむいた。……健太は前を向いて黒崎だけに聞こえるように小声でささやく。

「……こいつ、昔から狂犬みたいなヤツなんですよ、なりも小さくて強くもないのに、イキがってすぐケンカ吹っかけるんですよ」

 フジに診せた方がいいような気がする、と思っていた矢先、ドアが開くとフジが入ってきた。


 無表情に店内を見回し、武士のおんぼろな顔を見て怪訝な表情になる。武士もフジを一瞥したがすぐに目を伏せた。健太に対してとはまるで違い、とても挑発するような態度は見せない。暗黙でもわかる何枚も格下という立場の違いだろうか。

 フジは元ヤクザだが今はその業界とは無関係だ。だが北竜興業をはじめとする暴力団関係者は、一様にフジを恐れている。……なにしろフジの逆鱗に触れた者は、3日と生きてはいないという噂がたっているらしい。そして実際、フジは機械マシンのように平常心で相手を殺す男だ。

「北竜の連中と一緒にいるのを見たことがある、この小僧。……なんでここにいる?」

 細く鋭い刃物のような目で見下ろされた武士は、顔を上げずにそっぽを向いた。

 黒崎がすべてを話した、武士はその間じゅう居心地の悪そうな顔でうつむいていた。

「こいつ、どうやらボディーを派手にやられてるようだ。内臓が損傷してる可能性がある。……フジ、ちょっと診てくれるか」

 フジは黒崎の言葉を醒めた目つきで聞いていた、ポールモールを横ぐわえしてから言った。

「内臓ね、……黒さんが診ろというなら診るけど、この小僧はふてくされてるみてえじゃねえか」

 フジがジロリと見ると、武士は苦痛に顔をゆがめて立ち上がると言った。

「誰も診てくれなんて頼んじゃいねえよ! 俺のことは構うなって言ってんだろ!」

 武士は腹を押さえながらフジの横をすり抜け、店から出て行った。

 少し間を置いて健太がボックス席の向こうの窓を開け、下をのぞきこんだ。

「あいつ、多分外まで行き着いてないですよ」

 振り向いてそう言うと、フジは灰皿にタバコを押し付ける。

「まったく、面倒くせえガキだ」

 そう言って店を出ていく、健太もあとを追った。……案の定、武士は階段の途中で蹲っている。

「世話がやけるぜ、……おい、健太も手を貸せ」

 ふたりは武士を担ぎ下ろすと、そのまま夜中の街を引きずって行った。

 

 ――同じ頃、長野駅東口にあるマンションの一室で怒声が響いていた。人相の悪い3人の若者を前に立たせ怒鳴っているのは、北竜興業傘下の半グレ組織リーダー格の、酉島とりしまだ。

「武士を逃がしただと! てめえら、あんなクソガキを見張ることもできねえのか! バカどもが!」

 半グレの若者たちは神妙な顔でうつむいている、人相は悪いがみな武士と同じ20歳前の少年だ。

「あの野郎が血迷ってサツにタレ込んでみろ! 計画が台無しじゃねえか! 今からヤツを探してこい、いいか、見つかるまで戻ってくんじゃねえぞ!」

 酉島が手を叩きつけたテーブルには、建物や道路や風景が写った写真が散乱している。民家らしい間取り図や平面図などの資料も見えた。図面には克明に手書きの文字がびっしりと添えられていて、その中には暗証番号のような数字も並んでいる。

 血相を変えて少年たちは飛び出して行った。不機嫌な目で見送った酉島のスマホが鳴る、ちっ!、と舌打ちをしながら電話に出た。

「ああ、柏原さん。……いえ、ちょっとね、トラブルがあってザコが逃げましてね。……いえ、なんとか夜明けまでには探し出しますよ。ヤキ入れて怪我してるんでそう遠くへは逃げられないでしょう。ええ、見つけたら処分しますよ。……処理の方はまたお願いしますが」

 酉島はそう言うと電話を切った。くわえているタバコを床に放り投げ踏み潰す、その動きは執拗だった。

 

  



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