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ふきだまり  作者: 村松康弘
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泣いてチンピラ 1

 ――携帯が鳴った、紀美江からだ。黒崎は、そういえばあとで来ると言っていたのを思い出す。

 電話に出ると切羽詰まったような声が聞こえてくる。

「まこっちゃん! ちょっと降りてきてよ」

「なんだ、下まで来てるんか」

「そうなんだけど、……知らないお兄ちゃんが倒れてんのよ、下に」

 黒崎は怪訝な表情で電話を切ると店を出て、暗い階段を降りていく。2階まで来るとテナントのドアが開いた、カワセミノルフーズの川瀬社長が黒崎に気づき、話しかけてくる。

「やあ、これは黒崎さん! いつもお世話になっております、ははは!」

 相変わらずのギョロ目で見つめてきては、バカでかい声を張り上げた。大きな地声は廊下に響き渡る、川瀬は挨拶や言葉の最後に笑いを入れる癖がある、なにが面白いのか不明だがその笑いはひときわ大きい。

 黒崎は、やれやれといった顔で会釈をすると階段を降りていく。川瀬も下に用があるようで後ろをついてきた。

 

 日が長くなったとはいえ、19時を回っているので外は暗かった、玄関のガラスの扉を開けると紀美江が待っていた。

「その向こうのお寺の前に倒れてんのよ……」

 紀美江は指をさすと先に歩き出した、すぐ先にある小さな寺院の門に、横になって蹲っている人影があった。近くには外灯がない上に寺院の入り口部分が引っ込んでいるので、歩く人には気づかれないだろう。

 黒崎が近づいてみる、人影は、うう……、と呻いていた。痩せて小柄な男のようだ、紀美江の言う通り若い男のようだった。

「おい、どうした」

 屈みこんで声を掛けると下向きの顔をこちらにゆっくりと向けてきた、左目は腫れあがって閉じたまま、口の周りに血がこびりついている。半開きの腫れた口から前歯が見えているが、1本欠けているようだ。

 茶色の髪でまだ20歳前の少年のようだった、その口から小さく声が漏れた。黒崎は聞き取れず、ああ?、と聞き返すと、ほっとけよ……、と言っていた。

「ほっとけとさ」

 言いながら振り向くと、紀美江のとなりに川瀬も立っていた。そして近づくと言った。

「怪我してるようですね」

「ねえ、まこっちゃん、とりあえず上に連れていこうよ」

「本人はほっとけと言ってるぜ、構うことねえんじゃねえか?」

「でも……、なんか訳ありみたいだから店まで連れていこうよ」

 紀美江はどういうわけか引かない、黒崎に懇願の目を向けてくる。紀美江の頑固さに負けると言った。

「しょうがねえな、わかったよ」

 黒崎が少年に手を掛けようとすると、川瀬も身を乗り出してきた。

「私も手伝いますよ」

 と言って少年を起こそうとすると、また、ほっといてくれよ……、と蚊の鳴くような声を出した。

「なにを言ってる! ここは厚意に甘えなさい!」

 川瀬の大声に、近くを歩いている女子高生がギョッとしてこちらを見た。

 黒崎と川瀬が少年を抱き起すと、観念したのか目を閉じる。茶髪にも血がこびりついていて妙な寝ぐせのようになっていた。門の前まで支えると川瀬はしゃがみ込んで負ぶう体勢になる。

「私が背負いますよ」

 そう言うので、黒崎と紀美江は少年の身体を川瀬の背にあずけた。

 

 ガラスの扉から階段を上がっていく、紀美江は先に上がっていった。黒崎は下から少年の尻を支えるようにしたが、川瀬はぐいぐいと上がっていく。50は過ぎていると思うが、怪力な男だ。

 3階まで来ると先回りした紀美江がドアを開けて待っている、中を見るとボックス席の椅子を並べて簡易なベッドを作ってあった。

 店のフロアーで少年を下ろすと、紀美江が椅子に寝かせて介抱した。少年は、頼んでねえだろ……、とまだ憎まれ口を叩いている。

「社長、どうもすみませんでした。でも、どうして協力してくれたんですか?」

 紀美江が聞くと川瀬は照れたような顔で言った。

「いやあ、別に。成り行き上こうなっただけで、ははは!」

 そう言うと額の汗を拭い、それでは、と出て行った。


 紀美江は濡らしたタオルで少年の顔や手を拭っている、左目のまぶたは大きく腫れあがっているのでわからないが、右目を見るとまだあどけなさが残った少年の顔だった。

 黒崎はその場を紀美江に任すとカウンターに入り、タバコに火を点ける。(どうしてここは厄介なヤツらばっか来やがるんだ……)そう思って煙を吹き上げると紀美江が声を上げた。

「あ、そうだ! 下の入り口のとこに買ってきた食材置いたまんまだ、まこっちゃん、取って来て!」

 ため息をひとつ吐くと黒崎は立ち上がり、くわえタバコのまま階下へ行く、コンクリートの土間に置き去りの食材を提げると戻っていく。

 店に入ろうとすると、紀美江が人差し指を口に当てた、少年が眠ったという合図をする。……まるで赤ん坊を寝かしつけているようだ。

 なるべく音を立てずに食材をカウンターに置くと中に入った、足音を立てずに紀美江がスツールに座る。

「紀美江、いったいどういうつもりだ。行きずりの不良ガキの面倒なんかみて」

 紀美江はカウンターに頬杖をつき、宙に目をやりながら言った。

「似てんのよ、達弘たつひろに……」

 黒崎はその名前を聞いて思い出した、たしか紀美江の5歳下の弟の名だった。……中学3年の時に見た達弘の姿が浮かんだ、野球帽をかぶった悪たれ小僧、プラスチック製のバットを振り回して汗だくで遊んでた姿。

 紀美江は達弘をまるで自分の子供のように可愛がっていた、……だが達弘が18の時に死んだと聞いていた。

「……達弘は生意気だったけどかわいかった。素直ないい子だったのに、中学生になったら悪いことばっかするようになって、私の言うことも聞かなくなった。……18の時にバイクで死んだのよ、仲間と度胸試しなんてくだらないことやって転倒して」

 紀美江は思い出したのか涙を拭いた。

「生きていれば今は37歳ね。……あの子が達弘に似てるのよ」

 黒崎はカウンターの中から少年を見た、口を半開きにして寝息を立てている。




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