表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふきだまり  作者: 村松康弘
61/68

破れたハートを売り物に 5

 ――春の陽気のせいか佐奈はベッドでうとうとしていたが、人の気配で目が覚めた。担任の玉川と学年主任の末永が病室の入り口に立っていた。

「竹下、申し訳ない。昨日話を聞かせてもらったんだが、末永先生も学年主任という立場から知っておきたいそうで、もう一度話を聞かせてもらいに来たんだが、いいかな」

 少し気遣い顔の玉川の隣で、末永は微笑んで会釈した。(……また同じことを説明するのか、やだなあ。まるで警察の事情聴取みたい)、内心そう思っているが佐奈は笑顔を見せると、わかりました、と言った。

 ふたりはベッドの脇に丸椅子を並べると膝の上でメモを取った。


 日没が遅くなった市街地、厚手の上着を着ている人の姿はだいぶ減ったようだ。亜紀はそんなことを思いながら黒崎ビルに上がっていく、ドアを開くとやはりタトゥーが足元に待っていた。

「昨日は誰も現れなかったみてえだな」

 タトゥーを抱き上げた亜紀に黒崎が言った。

「うん、だーれも来なかった。でもなんで知ってるの?」

 黒崎は答えなかった、スツールに座ると膝の上のタトゥーにマフラーの猫の刺繡を見せた。

「ほら、お前にそっくりだろ」

 ステレオから音楽が流れてきた、パーカッションにシンセドラムの音がかぶっている。打楽器だけのアンサンブルからいきなり歌が始まる。


 『破れたハートを売り物にして 愛にうえながら一人さまよってる


  破れたハートを売り物にして うかれた街角でさまよいうたってる』


 変わった歌だなと思いながら聴いていると、歌詞がストレートに飛び込んでくる。こんなに『歌』を強調した曲はあまり聴いたことがなかった。

 極力いろんな音色を排除するかのように『打楽器と歌』にこだわったアレンジだ。……途中の一節が特に印象深く感じる。『生きることを素晴らしいと思いたい、お前といきたいひとりぼっちはいやだ』、そのフレーズに鳥肌が立った。

「まこっさん、この曲なーに?」

「これは甲斐バンドの、『破れたハートを売り物に』って曲だ、なんか変わった曲だろ」

「うん、変わってるけど気に入った」

 黒崎は唇をゆがめると、なんか飲むか、と指で合図した。

「うん、ジャックソーダがいいな、はじめて飲んだけどすごい染みたから」

 タトゥーが膝から降りたので亜紀はポケットからバタフライナイフを出して、片手で開閉の練習をする。……YouTubeで動画を観てから自分でもやってみたくなったのだ。

「凄子のヤツめ、物騒なものを持たせやがって」

 黒崎は苦い顔でそう言うと亜紀の前にグラスを置いた。

「ねえ、まこっさん、あたし凄子さんのようになりたいんだ。強くてカッコよくて男っぽくて、はじめて助けてもらった時から憧れてるんだ」

 ……亜紀が凄子とはじめて会ったのはこの店の近くでのこと。せまく暗い路地に引っ張り込まれて、3人の不良同級生にレイプされかけた時、突然現れた凄子に助けられたのだ。

 黒く細い影のような人物が疾風のように動いて、3人を叩きのめすのを見た時、とても女とは思えなかった。そして倒したあとも攻撃をやめず、女として徹底的な制裁をくだしたのだ。『こういう性根の腐ったガキどもは』と言うと、少年たちの身ぐるみを剥がして素っ裸にし、剥いだ衣服をコンビニのごみ箱に平気で放り込んだ。

 亜紀は、ちょっとかわいそうだな、と感じたが凄子は平然とそれをやった。そして豪快に笑う。……その時から亜紀は凄子のようになりたいと思っているのだ。

 黒崎は呆れたように笑いながら言った。

「あんなのは特殊中の特殊だ、戦うことと酒を飲むためだけに生きてるようなもんだ」

「実の母親なのにね」

 亜紀はそう言って笑った。


 ――同じ頃、新津は中央署の玄関を出ると、裏手にある砂利の駐車場に歩いていく。もう30年も乗り続けている紺色のクラウンの運転席に乗り込む。

 セダンのクラウンのフェンダーミラーに男の影が映った、新津はシルエットで誰かを察知してウインドウを下げた。男は運転席に近づいてくる。

「わざわざ俺の前に現れるとはどういう風の吹き回しだ、……やっと手錠を掛けてもらいたくなったのか、藤沢武彦」

「ご冗談を。……新津のダンナもそろそろ引退らしいじゃねえですか」

「よく知ってるな、ああ、定年まであとわずかだ。……まさか労いの言葉をかけに来たわけじゃあるめえ」

 新津はまだエアバッグのない時代のステアリングをポンと叩いた。フジは懐からポールモールを出すと、新津に1本振り出した。自分もくわえて両方に火を点けると、暗がりに煙を吹き上げる。

「……灯台下暗し、あるいは、ちょっと違うかもしんねえが、獅子身中の虫。……俺はそう思ってますがね」

 しばらくふたりは沈黙したまま煙を吐いていた。

「……やはりお前もそう思ってたか、……今日、意外なとこからタレコミが入った、俺はガセではねえと睨んでる」

 フジは答えずにただうなづいた、足元でタバコを消すと、じゃあまた、と言ってミラーの視界から消えていった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今回はサスペンスですね。 ドキドキして読んでます。 姐さんが喧嘩の特訓してくれたら通うだけでも楽しそうですが、やっぱり極意はないんですね。 私も教えて欲しかったので残念です。 二人が女同…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ