破れたハートを売り物に 4
――凄子は不可解な顔をしたまま聞いた。
「誰かとケンカする予定でもあんのか?」
「そうじゃないんです、昨日あたしの親友が誰かに襲われて大怪我したんです。佐奈を狙ったのかそうじゃないのかわからないんですが。だから今夜同じ場所で待ってみようと思って……」
「ふうん、囮になるってことか。でもそれは危ねえぞ」
「だから凄子さんにケンカの極意というか必勝法を教えてもらおうと思って」
凄子はタバコをひねり潰すと笑いながら言った。
「極意なんてねえさ、実戦あるのみ。そんで経験と勘がものをいう。……だから亜紀に教えてやれることなんてなにもねえ。……そもそもあたしゃ小せえガキの頃からとんでもなく強かったからな、誰に教わったわけでもなく」
「そうですか……」
うつむいた亜紀を見て、凄子は奥のキャビネットからなにかを出してきた。そして亜紀の目の前でくるくる回す、シャキーンという音がして刃先が現れる。そしてまた振ると刃が閉じた。
「バタフライナイフだ。護身用に持ってろ」
亜紀は手に取って構造を調べた、柄の部分が二分割していて閉じると刃のカバーになるようだ。
「そんなもん使わねえことにこしたことねえがな、まあ持ってろよ」
凄子に礼を言うと亜紀は出て行った。見送ったあと凄子はスマホを取り上げる。
21時に公園に着いた亜紀は暗い東屋のベンチに腰掛けた、昨日と同じように、見た限り公園内には人の影はない。寒さのせいもあるが足元から震えが来た。……いきなりスマホが鳴り硬直する。発信者は担任の玉川だった。
「今日、竹下佐奈に面会してきた。普通に会話できるぐらいに回復していたんで安心したよ。……で、申し訳ないんだが明日学校に来てくれないかな、関係者として坂本の話も聞きたいんだ」
「わかりました。……それで先生にちょっと質問なんですが、昨日病院に来た時に、『今度はうちの生徒か』って言いましたよね、それってどういうことですか?」
「え、聞いてたのか……、わかった、それは明日学校で話すよ」
亜紀は電話を切ると様々なことを思い浮かべた、(今度はうちの生徒、ということは他のクラス、他の学年、あるいは他の学校で同じことがあったってことかな。……一番気になるのは佐奈を狙ったのか無差別の通り魔だったのか……。フジさんが言ってたのは、何人か犠牲が出てるってことと、同じ刺し傷の犬や猫の死骸まであったということ)、そう考えると心が恐怖に支配されてくる、ひとりで居るのがたまらなく怖い。
時刻は0時を回った、まったく人の気配は訪れなかった。亜紀は安堵と虚しさのまじったため息を吐くと腰を上げる、(明日は学校に行かなきゃならないし……)、そう思いながらインターロッキングの歩道をとぼとぼと戻っていった。
……植え込みの陰で亜紀を見送ったフジがタバコに火を点ける、そして亜紀の反対方向の暗闇に消えていった。
――翌日の午前中、静かすぎる学校の職員室へ向かう。卒業式はもう終わっているのでほとんどの生徒は来ていない。
ドアをノックしてから開けると、職員室にも来校している教師は少ないようだ。玉川が気づき出てきた、生徒指導室へ、というので玉川のあとについた。
亜紀は今まで一度も入ったことのない部屋に入る、意外にせまい感じがした、高い書棚がそう感じさせるのだと思った。ここで待っていてくれ、と言われたのでぼんやりとスマホを操作していた。
やがてドアが開くと玉川の他に、末永という女教師も入ってきた。学年主任の教師だ。末永は小柄だがまだ30代でスタイルが良く顔立ちが綺麗だから、男子生徒に人気がある。
「お休みのところ出てきてもらって申し訳ありませんね、竹下さんの件は学校でもきちんと調査しなければならないので」
末永はそう言うと上品に微笑んだ、(あたしなんかと違って、きっと育ちがいいんだろうな……)と思った。面談ははじまったが亜紀はあまり話すことがなかった、昨日玉川が佐奈に面会したからほとんどわかっているはずだ。それでも玉川と末永は亜紀の行動のすべてをレポート用紙に書き込んでいた。
面談が終わると末永は職員室の方へ、亜紀は玉川と昇降口へと歩いていく。……周囲に誰もいないことを確認してから言った。
「先生、昨日の質問の答えは?」
「あ、ああ、そのことか。……うん、実は他のクラスでも同類の事件があったんだ、どのクラスの誰とは言えないけど」
「その子は大丈夫なの?……犯人の手掛かりとかないの?」
「その件では、後ろからいきなり腰のあたりを二ヵ所刺されたらしい。まだ入院してるがそろそろ退院できるだろう。……不意打ちのように襲われたらしいから、生徒は犯人の姿を全然見ていないようだ」
「他には?……知り合いの話だと同じような凶器を使った事件が何件かあって、その凶器で殺された犬や猫もいるって聞いたから」
「うーん、僕の知っている限りではその1件だけかな、犬や猫も被害に遭ったって話は聞いたことがない。……同じ犯人かもしれないし違う人間かもしれないな。……あ、そうだ。これから末永先生ともう一度、竹下のところに行ってくるよ。正式な調書が必要なんでね」
亜紀は昇降口で玉川と別れた。
――点滴スタンドを引いた女子中学生が、片足を引きずりながらゆっくり歩いている。女子は10日ほど前、市街地にある雑居ビルの屋上から転落した。たまたま下に停まっていたトラックの屋根の上に落ちたために、奇跡的に助かった。だがバウンドしたあと路面で全身を打ったために、まだ回復せずに入院している。
とある病室の前を歩いていると、男女がふたり向こうからやって来た。双方とも端に寄ってすれ違う。やり過ごしたあと女子は立ち止まった、不意に脳裏に蘇ってくるものがあり、後ろを振り向く。男女は女子が過ぎたばかりの病室に入っていった。
女子はその後ろ姿を怪訝な目で見送ると、しばらくの間逡巡した。




