俺の声 4
「黒さん、カクテルとかやらないんですか?」
「カクテル?そんな面倒なもん、やるわけねえだろ。…ストレートやロックだってセルフだぜ、ここは」
黒崎は当たり前のように言って笑った。
『ふきだまり』のシステムは実際にそうなっていて、なんでも自分で作らせるのだが、どれだけ飲んでも、とんでもなく安い料金なので、飲んだくれの客にはリーズナブルな店だ。
つまみなどもナッツ類や乾きものや缶詰といった、まったく調理なしのものしかないのだ。黒崎は商売という意識がないので、それでいいと思っている。
「俺、ちょっとは作れるんですよ。…今夜、ちょっとやってみてもいいですか?」
KENTはいたずら好きな子どものような目で、黒崎の反応を見た。
「作りたきゃやればいい。…ただ酒以外の材料はなんにもねえぞ」
今はまだ昼間だ、KENTは早い時間から店内の掃除やら酒瓶の整理などをしているので、黒崎もつい早い時間にペントハウスから降りてくるようになった。…KENTが来てから4日経つ。
「じゃあ、ちょっと買い出しに行ってきますよ。そこら辺の店まで」
「それはいいがお前、まだ北竜の連中に追われてること忘れんなよ」
黒崎はそう言うと、レジから金を出してKENTに渡した。
「バレないように変装して行ってきます」
そう言うと、店の隅にあるクローゼットの中をガサガサと物色しだした。…このクローゼットの中も、2日前にKENTが整理してあるので、すっきりしている。
KENTはサンタクロースの赤いとんがり帽子を持ち出してかぶると、壁のギブソンを下ろしてクリスマスソングを即興でやり始めた。しゃがれ声とテキトーな英語で『We Wish You A Merry Christmas』を唄う。
黒崎は思わず笑った。
「その唄が大好きな元ヤクザの闇医者がいるから、今度聴かせてやれよ」
「いやあ、ヤクザ者には会いたくないですね」
KENTは苦笑いするとギターを置いた。
大きな袋を抱えて帰ってきたKENTは、果物やこの店にない酒などをカウンターに置いた。シェイカーも買ってきたようだ。
「とりあえず、ジントニック、マティーニ、ギムレット、スクリュードライバー、ソルティドッグ、ぐらいは作れます。シェイカーは今んとこ使わないですけどね…」
KENTは言いながら、ジンやウォッカの瓶を酒棚に置く。黒崎は様子を見ながら感心していた。
「へえ、お前大したもんだな。…じゃあなんか一杯作ってもらうかな」
「わかりました!じゃあマティーニを作らせていただきます」
KENTは言うと手際よく作り、スツールに座っている黒崎の前に出した。…ジンとヴェルモットの割合が良く、シャープな味わいだった。
「なかなかいけるな、美味いわ」
黒崎は心底感心したが、同時に落胆もした。
「でもな、こんなもん出しちまったら、商売になっちまうじゃねえか」
― 19時。
狭い店内は満員になっていた。黒崎は落胆しながら、この繫盛を不思議に思っていた。来ている客層も若い。…じきに理由がわかった。
「KENTのステージ、何時からですか?」
目の前の20代前半らしいOLが、KENTの作ったカクテルを片手に聞いてきた。ボックス席に酒を運んでいる本人には聞きづらいのか、カウンターの中で暇そうに飲んでいる黒崎に聞いてくる。
「ステージ?…そんなの予定してねえけど、なんで?」
OLは、もう…と不服そうな顔でスマホを操作すると、黒崎に見せた。
『KENTが、ふきだまりって店にいるよ!今夜は久々にライブやるらしい!…ライブ情報に上げてないから、もしかしたらシークレットライブかも!』
黒崎は画面を見て、SNSとやらの恐さを知った。カウンター内に戻ってきたKENTに耳打ちする。
「…お前の情報、筒抜けになってんぞ。…そんで今夜ここでライブってことになってるらしい」
「えーっ!マジですか…、俺はそんなことどこにも書いてないのに…」
「とりあえず今日はやらねえと、客は文句言いだすな。…でも、やったらやったで、またSNSで拡散しちまうな。どうするか…」
「…とりあえずやります。L1借りていいですか?」
黒崎はあごをしゃくった。
「そんで客には拡散しないように頼んでみます」
なにも知らないカウンターとボックス席の客たちは、KENTのライブ演奏を心待ちに賑わっている。