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ふきだまり  作者: 村松康弘
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破れたハートを売り物に 2

 ――澄んだ夜空に7割ぐらいの月とオリオン座が出ていた、目の前に視線を落とした亜紀は、信号が変わった瞬間ペダルに力を込めた。

 バイトを20時半に上がれる予定が、立て込んだ客足のせいで10分ほど遅れたからだ。急いで佐奈との約束の地へ向かう。一心にペダルを漕ぎ、普段の倍近い速度で走ると息が切れてきた。

 ようやく自転車置き場に停めると缶コーヒーが入ったレジ袋をさげて、コンクリートの階段を駆け上がる。インターロッキングの歩道の向こうの東屋に着いた。

 だが、照明が届かない東屋を見回しても佐奈の姿は見えなかった。その周辺まで歩き回ったがどこにもいない。(……まさか帰っちゃったってことはないよな)、亜紀は思いながらスマホを出して佐奈の番号を発信した。

 すると聞き覚えのあるコール音がどこかから聞こえてきた、佐奈のコール音と同じだ。亜紀はスマホを耳に当てたまま音のする方を探す。

「佐奈、どこー? ……あっ!」

 杏の木を過ぎたあたりの歩道にうつ伏せで倒れている人の姿を見つける、あわてて駆け寄ってみると倒れているのは紛れもなく佐奈だった。紺色のコートの先には紙袋が落ちている。

「佐奈! どうした!」

 亜紀は背中を揺すった、その手に生温かい感触があったので間近の照明に手をかざしてみる、手は真っ赤になっていた。

「え! 佐奈、なに? どうしたの!」

 佐奈は少しだけ身じろぎをすると、か細い声で呻いた。亜紀は急いで119番へ電話を入れる。

 

 亜紀は病院の待合で頭を抱えている、救急車に同乗して病院に着いてから20分は経っていた。……佐奈の母親が血相を変えて入ってきた。亜紀に事情を聞いてきたが、先ほど警察官に聞かれた時と同じく、あの場所で待ち合わせをしていたということしか答えられなかった。

 佐奈の母親はただじっと耐えるように目を閉じていた。……ふと、自分の母親だったらどうだろうと思った。紀美江は自分を深く愛してくれているが気性が激しい、こうして黙って耐えているようなタイプには思えなかった。

 ……医師がふたりの元に来た、『とにかく命に別条はない』、の言葉に、亜紀と佐奈の母親は抱き合った。鋭利ななにかで背中を刺されているがそれほど深くなかったので、幸い内臓は損傷していない、とのことだった。

 廊下を走って亜紀と佐奈の担任の玉川が駆けつけてきた、血走った目でふたりに様子を聞いてきたが、報告を聞くなりベンチにへたり込む。亜紀はその背中を抱きすくめたくなる衝動に駆られた。

 だが、玉川がぼそりと呟いた、『今度はうちの生徒か……』の言葉が耳に残った。


 ――病院を出ると心身の疲れがどっと押し寄せてきた、このまま倒れこみたい気分だ。

 歩きながら紀美江に電話を入れる、事情を説明すると案の定驚嘆の声を上げ、取り乱して泣き出した。話の最後に、これからふきだまりに行くと言い添えると気持ちをわかってくれた。

「そう、今夜は亜紀の好きなもの買ってきたんだけどいいわ、……まこっちゃんと猫になぐさめてもらいな」

 そう言って電話を切った。

 

 ……ふきだまりのドアを開けるともうそこにタトゥーが迎えてくれていた、抱き上げると黒崎とフジが察したような顔をしている。紀美江から聞いているのだろう。

 亜紀はその光景を見た瞬間、すべてが堪えきれなくなった。張りつめていた心労と悲しさや悔しさ、それらが堰を切ったように胸からあふれ出る。

 入り口に立ち、タトゥーを抱いたまま大声を上げて泣いた。そんな泣き方は小さい頃以来だ、自分でも呆れるほどの号泣だった。

 フジに支えられてスツールに座る、ひとしきり泣き終わると、黒崎がジャックソーダを出してくれた。喉も乾ききっていたので一気に干した。

 佐奈の件はおおよそわかっていると思うが、亜紀は膝の上のタトゥーを撫でながらふたりに話す。

「鋭いなにかで背中を刺されたらしいんだけど、刃物じゃないんだって。もっと細い凶器で……」

 その言葉に反応したフジが怪訝な顔をした。

「やっぱりか、……黒さんちょっと」

 フジはそう言うと手を出した、黒崎はカウンターの下からある物を渡した。それはロックアイスを砕く時に使うアイスピックだった。フジはそれを突き刺すような仕草をすると言った。

「こういうもんで刺された事案がいくつかあるようだ」

 亜紀はその鋭利な形状と倒れていた佐奈の姿がオーバーラップして、胸が苦しくなった。また涙が頬を伝う。タトゥーは伸びあがると亜紀の涙を舐め取った。

「何人か犠牲になってるらしい、……人以外にもこの傷跡のある犬や猫の死骸も見つかってるそうだ」

 黒崎と亜紀は同時にフジを見た。

「どうも猟奇的な性質の犯人としか思えねえな」

 黒崎は天井にため息と一緒に煙を吹き上げる、フジがひとり言のように呟いた。

「新津のダンナが腰を上げたって話も聞いた」

 新津とは中央署に所属している腕利きの刑事だ、もう定年間際らしいがそういう類の事件に関してはプロフェッショナルらしい。

 黒崎は一度ここに訪れた時のことを思い出した。……金田が殺される少し前だった。

 



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