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ふきだまり  作者: 村松康弘
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破れたハートを売り物に 1

 ――フロアーの隅で丸まって寝ていたタトゥーが起き上がり、ドアの方を向いて、『フーッ!』と唸った。背中のサバトラ模様の毛を逆立てている。

 タトゥーは数日前、どこからかこの店に流れてきて以来居ついている、亜紀が『飼う』と言ったことを本人も自覚しているかのようだ。

 いつもはビールケースの上の亜紀が用意したねぐらでのんびりしている、こんな仕草をしたのは初めてだった。

 ……カウベルが鳴ると乱暴にドアが開いた、入ってきた男の風体を見た黒崎は、途端に面倒くさくなった。見るからにドチンピラ風情だ、だが見たことのない顔だった。

「ちょっとじゃまするぜ」

 ぴっちり当てたアイロンパーマに威嚇の意思を持った細い目、太った体躯を包んだ派手な柄のセーター、首元には太い喜平のネックレス、左手首に喜平のブレスが見えた。

「北竜興業のもんだけどよ、柏原の兄貴に言われて協賛金いただきに来たんだけどよ、早いとこ頼むわ」

 スラックスのポケットに両手をつっこみ、いくらか揺れながら言った。精一杯いきがってるポーズだろう。……柏原の兄貴というのは、以前誰かに刺し殺された黒柳の弟分だ、この男は北竜興業の新顔らしい。黒崎はつくづく面倒くさくなった。

「お前、見慣れねえチンピラだな。協賛金なんてふざけた銭、この店は一銭も払わねえってこと知らねえようだな。……一度出直して柏原に聞いてこい」

 黒崎はそう言うと洗ったアイスペールの水気を拭う。なめられたと感じたチンピラはカウンターに近づくと啖呵を切る。

「おい! パブのオヤジの分際でそんなでけえ口叩いて、ただで済むと思ってんのか!」

 そう言うとカウンターによく肥えた手のひらを叩きつけた。いつの間にかそばに来ていたタトゥーがカウンターに飛び乗ると、睨み上げて唸る。

 チンピラがそちらを向いた瞬間、黒崎は素早く動いた。……タンッ! 音とともにチンピラの人差し指と中指の間にアイスピックを突き立てた、人差し指のすぐ際だ。目を戻したチンピラは、ヒッ! とあわてて手を引っ込め後じさる。

「三下がいきがってんじゃねえ! こっちはてめえらみてえなダニなんざ屁とも思ってねえんだ! ……なんなら柏原の野郎を連れてこい」

 アイスピックは触れもしなかったが、チンピラは両手をこすり合わせる。逆に黒崎に気合を入れられ居心地の悪い顔をしていた。

「ちくしょう、おぼえてろよ!」

 決まり文句を吐いてドアへと向かう、ノブに手を掛ける寸前ドアが開き、フジが入ってきた。ふたりは目を合わせたがチンピラは本能的に目をそらす。そして肩を怒らせて出ていこうとしてフジの肩にぶつかった。

「てめえ、北竜興業のチンピラか。見たことのねえツラだな、……あんましでけえツラすんなよ、逆に痛え目にあうぞ」

 そう言って笑ったフジの目を見ると、なにも言わずにあわてて店から出て行った。


 フジは怪訝な顔のままカウンターに近づくとタトゥーに気づいた。

「お前か、亜紀の猫って」

 そう言うと動物に慣れた手つきでタトゥーを撫でる、先ほどと打って変わってタトゥーはされるがままにしていた。カウンターに突き立ったアイスピックを見たフジが言った。

「そういや最近、物騒な話を聞いた」


 ――21時、市街地の南にあるホールに隣接した公園で、竹下佐奈たけしたさなは亜紀を待っている。亜紀に誕生日プレゼントを渡すためだ。ふたりはクラスメイトで互いに一番仲のいい友達だと思っている。

 20時半にはコンビニバイトが終わるというので、その時間に合わせて公園の東屋に来た。広い公園だが照明は乏しく見える、折からの電気代高騰で公園の照明も以前より落としているようだ。

 3月に入ったが夜はまだ寒い、佐奈は紺色のコートに手を突っ込んで東屋のベンチに腰かけている。(亜紀が気に入ってくれるといいんだけど)、そう思いながら紙袋を眺めた。

 ……しばらくすると背後に近づいてくる足音がした、亜紀かと思い立ち上がると近づいてくる人影の方を向いた。

 背格好は同じぐらいに見えるが、長いダウンコートにフードをかぶっているので顔は見えない。それに黒いマスクを付けているようだった。亜紀とは明らかに違う雰囲気なので不安になった佐奈は声を掛けた。

「誰? ……亜紀?」

 人影の反応はないがどんどん近づいてくる、(誰? この人、もしかしたらやばいかも……)、身の危険を察知した佐奈は人影に背を向けて逃げようと走り出す。だがそれに伴って背後の足音も早くなった。

 やばい! そう思った瞬間、背中に衝撃と激しい痛みが走る、鋭いなにかで刺されたようだ。(ああ……!)佐奈は叫ぼうとしたがあまりの激痛で声が出ない。人影は佐奈を刺しながら身体を押してくる、不意に人影の身体からなにかの匂いがしてきた。

 突かれた勢いでそのまま前に倒れた、地面に両手をついたが額も同時に叩きつけられた。視界の端に走っていく人影が見える。(助けて……誰か、助けて)

 佐奈の意識は遠のいていった。




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