TATOO
――この数日、寒冷地の市街地もすっかり陽気が良くなってきた。とはいえ朝晩はまだマイナスの気温、晴れて雲がなければよけいに寒い。
昼間の街を気ままに歩き回る、自由業の俺は気楽なものだ。もともと野心もなけりゃ果たさなきゃならない義務もない、背負う家族を持ったこともない。その日食えればいいと思っているのだ。
駅前から大通り、中央通りは新しい店が増えている。食い物屋の入れ替わりが激しいと思う。オーナーは夢を持って資金を貯めたり集めたりして店を開くのであろうが、一等地のテナント料はバカ高い。
だから一発当てないことには家賃も人件費も払えず、たちまち閉店に追い込まれる。伸るか反るかの博打みたいなもんだろう。
俺はこの街に住んで5年になるが、そんな修羅場をいくつも見てきた気がする。
陽だまりのハト公園に出向いた、そこは名の通り無数のハトがあの寺から流れて住み着いている。俺はそいつらを蹴散らすようにベンチに座った。
向かいのベンチに女の子が腰掛けた、テント布地のようなカバンを背負っているのでおそらく中学生だろう。今日は火曜日だから学校はあるはずだ。
女の子はなにをするでもなくうつむいて座っている、(……なんか様子がおかしいな)俺は気づかれない程度に窺っていた。
そのうちにポケットからスマホを出すと目の前で操作をはじめたが、その左手首に白いものが見える、包帯のようだった。しばらくなにかを書き込んでいたようだったが、ポケットにしまうとため息をひとつ吐いた。
そのまま宙を眺めていたがやがて立ち上がり、フラフラと公園を出て行った。(……まずいな、たぶん思い切ったことをする気だ)、俺は勘づいたがどうすることもできない。
――サイレンが聞こえてきた、女の子が出て行って10分足らずだ。救急車はすぐ近くに来ているようだ、音のする方向を見ると、建物の間に血相を変えて走っていく人の姿が見える。(……やれやれ、やっぱりか。俺の予感は外れたことはねえからな)
ベンチから立ち上がると音がする方へ歩いていく、人だかりが輪のようにできていて、その中心にリヤゲートを開けた救急車がいる。……野次馬の声が聞こえてきた。
「あの雑居ビルの屋上から飛び降りたらしいぜ、どうやら中学生みたいだ」
俺は人垣を押しのけるように間に入り込むと、輪の真ん中まで行った。やはりさっきの女子中学生だ、救急隊員が女子を担架に載せているのが見える。だが俺は直感した、(……あの子は助かりそうだ、良かった)、それだけ見極めると群衆から抜ける。近くの店員らしい女たちの会話が背に聞こえてきた。
「4階から飛び降りたんだけど、ちょうど下に配達中の宅配便のトラックが停まってて、その屋根にバウンドしてから落ちたんだって」
俺は思った、(……なにがあったか知らねえが、命を粗末にするもんじゃねえや)
昼間に気分がよろしくない思いをした俺は夜の街へ繰り出した。半月がビルの間に見える、その周りに雲はない、明日の朝も冷え込みそうだ。
中央通りをちんたら歩いて気まぐれに角を曲がった、少し過ぎたところにあるビルの下にまた気まぐれで立ち止まった。入り口のガラス扉が開いていたので気まぐれに上がってみる。
暗い階段を上がっていくと2階のテナント事務所はまだやっているらしく、玄関の外にまででかい声が響いている。どうやら電話の応対をしてるようだが、無駄にバカでかい声で話していた。……いろんな人がいるものだ。
そこから上はさらに暗かったが俺にはどうってことはない、上まで行くとそこが最上階らしく行き止まりだった。暗い廊下から薄目に開いたドアの中を覗く。
奥にカウンターがあり若い女がなにかやっているのが見えた、鼻を利かすといい匂いが漂ってきている。……そういえば俺は腹が減っていた、だから遠慮なしに入り込んだ。
若い女というより小娘のようだ、茶髪のポニーテールでかわいい顔だが、気が強そうな感じの吊り目だ。どうやらカウンターの中で調理しているらしいが、なかなか俺には気づかない。
……この匂いはビーフシチュー、俺は牛肉に目がない。思わずカウンターに腕をつく。
小娘はやっと俺を見つけ、あーっ! と声を上げる。そして驚いたというより歓迎の顔をした。カウンターに飛び乗った俺に手を伸ばしてくる。
「お前どこから来たんだよー! このサバトラ野郎! このヤロー!」
そう言うと小娘は自分の胸に俺を抱いた、シチューとは違う若い女のいい匂いがしてくる。……ガラガラと音がしてドアが開いた。
「あ、おかえりー! まこっさん」
小娘は言いながら入ってきた男に俺を見せる、伸びた坊主頭に薄い色の入った眼鏡のやせた中年男が、くわえタバコで俺を見た、まったく無表情だ。
「なんだ、野良猫か」
……失礼なことを言う男だ、俺は自由猫だ。
「今は地域猫っていうんだよ、……ねえ、まこっさん、この猫ここで飼おうよー」
小娘も失礼だった、俺の意向も考えずに勝手なことを言いやがって。それに、飼うじゃなくて住まわす、と言え。
「飼う? ……うーん、亜紀がちゃんと世話できるんなら飼ってやってもいい」
男はつくづく失礼だ、『飼ってやってもいい』などとほざいた。
「やったー! ……じゃあなんて名前にしようかな」
亜紀という小娘は勝手に名付けようとして、しげしげと俺を眺めているが、まこっさんと呼ばれた男は俺に興味を示さず、食材を冷蔵庫に詰めている。
「……綺麗なサバトラ模様がタトゥーみたいだから、タトゥーにしよう! ……明菜の曲にもあったからなおさらいい!」
俺に名前など無用だが付けたければ勝手に付ければいい、ただし俺は反応する気はないが。
ひょんなことから、こうして俺はこの『ふきだまり』という店に住んでやることにした。
まあ飽きたら勝手にずらかるからいいけど。……俺の自由は誰にも奪えねえのさ。




