男達のメロディー 9 ― 完 ―
――真夏の土曜日、昼で学校が終わった俺はマコトとヨシの3人で、うだるような暑い街を歩いている。半袖の白ワイシャツの下はなにも着ていないので、素肌に汗が流れっぱなしだ。
腹が減った俺はふたりに聞いた。
「昼飯はどうする?」
首に提げたタオルで顔を拭きながらヨシが言った。
「暑いからなー、冷やし中華食いてえなー」
中学生のくせに薄い色つき眼鏡のマコトが思いついたように言う。
「俺んちに来いよ、冷やし中華食わせてやる。……だけど具はねえぞ」
俺たちはマコトの家に向かう、マコトの親父は手広く不動産業をやってるらしく金持ちらしい。だから家は大豪邸だ。
周りをぐるっと瓦塀で囲った屋敷の門から入り、広々した日本庭園を歩いていくが母屋には行かず、右奥にある離れ屋敷の方へ行く。そこがマコトの部屋になっている。
「作ってくるからクーラーつけて待ってろよ」
そういうと母屋の方へ行った。
俺とヨシはまるでレコーディングスタジオのような部屋で、ギターを弾きながら過ごす。クーラーが効きだして気持ちよかった。
部屋の壁のインターフォンが俺たちを呼んだ。『出来たから取りに来いや』、俺とヨシは母屋に行き、盆に載った冷やし中華を受け取る。皿の上に山盛りになった青のりだけの冷やし中華は重いほどだ。
「ひとり三人前だ」
マコトが唇をゆがめて言った。……俺たちは無心になって食う、具なんか載っていなくてもそれは最高に美味かった。
――なにかの衝撃で目が覚めた、顔を身体もずぶ濡れになっている。グリーン帽が床にバケツを投げた、どうやら水をぶっかけられたらしい。手足を拘束され床に転がっている横瀬は、顔を振って水を飛ばす。
「横瀬さん、いい加減にしろよ。……あんたみたいなしぶとい人間ははじめてだぜ」
グレー帽がそう言うと横瀬の襟首をつかんでまた椅子に座らせた。
(……夢だったか、いい時代だったな。なんの屈託もなく生きて、腹いっぱいに食えりゃ幸せだった)
グリーン帽が背後に回り、横瀬の両肩をつかむ。また拳の応酬のようだ。グレー帽が黙ったまま拳を振り上げた時、外で異変がした。
エンジンの音が聞こえる、車とは違う、ディーゼルのようだ。グレー帽は殴る姿勢を解き、シャッターの方を振り返る。エンジン音は大きくなり、近づいてくる気配がした。
音がすぐ間近に迫った頃、なにかがシャッターに激突した。甲高い金属音とともにシャッターの中央部分が内側にめり込んできた。
「どうなってんだ! おい、お前知らねえのか!」
グレー帽は慌てふためきグリーン帽に聞く、横瀬の背後でせわしなく動いているが、知らねえ!、と言うだけだ。
シャッターはピキピキと異音を立てて破断寸前の様子だ、エンジンは唸りを上げるが、ぐいぐいと押す動きは一度止まった。『ピーピー』という音が鳴り、エンジン音は少し遠のく。だがすぐにフル回転に変わると、轟音とともに再度激突してきた。
シャッターの上部が引きちぎられて落下した、格納スペースに溜まっていた埃が舞い上がり倉庫内に充満する。その向こうからフォークリフトが突っ込んできてシャッターを踏み潰した。運転しているのはフジだった。
阿修羅のような目をしたフジが飛び降りると同時に、グレー帽の頬に強烈な拳を飛ばす。一撃は綺麗に決まりグレー帽はサングラスを飛ばしながら、コンクリートの床にぶっ倒れる。
「な、なんだお前ら!」
グリーン帽が横瀬の背後から跳躍しながら叫ぶ、いつの間にか倉庫に入ってきた女が、鉄パイプで襲い掛かった。長い腕から振り上げられたパイプはグリーン帽の左肩に当たり、前のめりに倒れた。
高身長の瘦せた女は黒づくめのスリムなスーツ姿だった、中年のように見えるが、フジと同類の目が怒りにギラついている。
グレー帽は起き上がるとフジに躍りかかってきた、動きを見るとボクサーのようだ。右、左と高速のパンチを繰り出しフジを追い詰めていく。だがフジは冷めた目でそのパンチを見切り、躱していく。
シュッシュッと息を吐きながら壁へと追いやる、そして背中がスレートの壁に触れた時、フジの反撃が始まる。
グレー帽の隙を突いて強烈なボディーブローをくらわす、呻きながら前のめりになったところに膝を突き上げ上体を起こすと、高速で拳を飛ばす。ぐらりと倒れそうになった胸ぐらをつかむと、そのまま背負い投げでコンクリートの床に叩きつけた。まったく無駄のない動きだった。
グリーン帽は肩を押さえながら立ち上がると、ぐあああ……! と叫びながら女に突っ込んでいく。一瞬、女の唇がニヤリとゆがむ。そして鉄パイプを放り投げるとタイミングよく足を振り上げた、迫ってくる男めがけて腰を回しながら長い脚を振り回す、グリーン帽の横面に黒いブーツの甲が叩きつけられ、棒のように吹っ飛んだ男は昏倒した。横瀬はその鮮やかな攻撃に目を見張る、そして本当に女だろうか、と思う。
女は素早い動きで倒れた男に寄ると、鋭い足で顔を蹴り上げる。サングラスが吹っ飛び鼻血が噴き出た。グリーン帽は叫びながらのたうち回る。
「横瀬さん、ここからは見ねえ方がいいぜ」
フジは座ったままの横瀬に声を掛けた。その三白眼はまともな人間の目ではない、死神か化け物のように冷たい。
フジはグレー帽の男の、女はグリーン帽の男の腕の関節を次々とへし折っていく。生木を折るような音と男たちの叫びや呻きが倉庫に響く。最後にふたりは相手の両眼を潰した。
……たとえ身体は治っても、もう仕事はできないだろう。
女が横瀬の元に寄ってきた。
「大丈夫だったかい」
女の声はガラガラにしわがれていたが、なぜか母親のような温かみを感じた。ポケットからサバイバルナイフを出すと、手足の結束バンドを切ってくれた。
横瀬はふらつきながら奥にあるドアへと向かう、開けるとそこはせまい応接室のようになっていて、ソファーの向こうに隠れている佐戸山が震えていた。
襟首をつかむと倉庫の方へ引きずっていく、抵抗しているようだが小男は非力だった。床へ放り出すと喚きはじめた。
「ちょっと待て! 待ってくれ! 俺は本部の命令に従っただけなんだ! 許してくれ!」
横瀬はまずその口を叩き潰した、そして容赦なく拳を振り出す。(金田の、ヨシの無念を晴らしてやる!)夢中になって繰り出していると、フジに手首をつかまれた。
「それ以上やると死んじまうよ」
見下ろすと佐戸山はとっくに意識を失っていた、横瀬の両手の拳は血まみれだった。
3人は倉庫を出た。
「救ってくれてありがとう。……でもなぜ俺の居所がわかったんだ?」
「……昨日の夜遅く、小娘が来ただろう」
茶髪で威勢のいい娘が一時いたことを思い出した。
「あいつが横瀬さんのスマホをいじって、黒さんに居所がわかるように細工したんだよ。……妙な場所で止まったまんまになっていたから電話したら、それきりつながらなくなったんで、俺等に連絡が来た。……黒さんも行くって言ったんだが断った。今度のことは俺と凄子のリベンジでもあったから、金田さんの」
……金田を護衛してくれたのはこのふたりだったのか、と気づいた。
「横瀬さん、自首するのか?」
「ああ、もちろん」
フジがポールモールをくわえたので、横瀬もラークをくわえた。凄子と呼ばれた女が火を点けてくれた。
「あたしが送っていくよ、警察まで」
見ると、倉庫の向こうの空き地に黒いジープとカローラレビンが停まっていた。凄子がレビンに乗り込んだので助手席に乗った。派手な排気音が聞こえてくる。
「そうだ、凄蔵が『クニに聴かせてやれ』って渡してきた」
「セイゾウ?」
「ああ、マコトのことさ」
オーディオが『男達のメロディー』を流した。
レビンは軽やかに走り出す、夕闇の街を眺めながら、横瀬は歌った。
『運が悪けりゃ死ぬだけさ……』
― 完 ―




