表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふきだまり  作者: 村松康弘
5/68

俺の声 3

 雪の舞う市街地の歩道、インターロッキングの上を、若い男女が寄り添って歩いている。…ふたりとも中学生だ。

 学校の帰りに駅前まで足を延ばして、クリスマスの買い物をしたり、お洒落なカフェを探して歩いたデートの帰り道。

 ふと、女子が足を止めた。

 「ねえ、この歌声、KENTじゃない?」

 女子はどこから聞こえてくるのか、あたりを見まわした。

 「…ホントだ、KENTの声だよね」

 男子も歌声のする方向を探す。

 「この上じゃない?」

 女子は目の前のビルを指さした、見上げたふたりの顔に冷たい粉雪が舞い落ちる。…まつ毛についた雪つぶを、女子はニットの手袋で払った。

 ビルの入り口に表示されているテナント名を、男子が読み上げる。

 「1階、信陽フィナンシャル 長野店。2階、カワセミノルフーズ 長野営業所。3階、ふきだまり…、ふきだまり?」

 男子は振り向いて女子に言った。

 「ふきだまりってなんだろう?…飲み屋かな?」

 女子は白い息を吐きながら、スマホを操作する。

 「KENTのライブ情報に、こんな名前出てないよ。それにライブ予定、更新してないし」

 女子はポケットにスマホをしまうと、もう一度ビルを見上げた。KENTらしき歌声は続いている。

 「ねえ、行ってみようよー」

 たまらずに男子のジャンパーの袖を引っぱった。

 「え?…でも俺たち中学生だよ。ここがいかがわしい店で、恐い人がいたらやばくね?」

 男子は消極的だった。

 「その時はその時!ごめんなさい、間違えましたって謝ればいいよ。…さ、行こ」

 女子は袖を引っぱったまま、急な階段を登り始めた。近づくにつれて、KENTらしき歌声とギターの音が大きくなってくる。胸が高鳴った女子が言った。

 「やっぱ、この上だよ」

 ふたりは照明の弱い階段を登っていったが、2階から先は極端に暗くて、足元も見えづらい。…急に不安になった女子は、

 「叶多くん、先に行って」

 と、促した。

 「えーっ!マジで…?」

 男子はしぶしぶ前に出ると、黒いドアの前に立った。…ドアノブを動かして、そっと開けた。向こうで神社の大きな鈴のような音がする。

 それと同時にKENTのギターの音が途絶えた。


 男子は恐る恐る、中に顔を突っ込んだ。…タバコと強い酒の臭い、薄暗いオレンジ色の照明が、煙でかすんで見える。

 奥にカウンターが見え、目つきの悪いKENTの顔が見えた。カウンターの奥には坊主頭でサングラスの、KENTよりもっと怖そうなおじさんが、こっちを見ている。

 (…うわー、やっぱりじゃん)男子は後悔したが、後ろに女子がいるため、黙ってドアを閉めるわけにもいかない。

 「…あのう、僕たち中学生なんですが、入ってもいいですか?」

 男子は緊張した声で聞いた、すぐ後ろで女子が突っついてくる。(…これ、入んない方がよくね?)男子は念力を送ったが、通じてないようだ。

 ちょっと間を置いて、明らかに怖いおじさんが唇をニヤリと曲げて、あごをしゃくってきた。(…もういいや)と、覚悟を決めた男子が室内に入ると、なだれ込むように女子が続いた。

 「あの、香音が…、いや彼女が、KENTのファン、あ、いやKENTさんのファンなんです」

 男子が棒読みのように言うと、いつの間にか男子の前にしゃしゃり出た女子が、

 「この下を歩いてたら、KENTの『俺の声』が聞こえてきたんで、つい上がって来ちゃいました。会えて嬉しいです!」

 そう言って、恥ずかしそうにちょこんと頭を下げた。そして、

 「今日、ここでライブなんですか?」

 と、聞いた。


 KENTはコアなファンの急な訪問に少し照れながら、

 「そういうわけじゃないんだ。ここんとこお世話になってるマスターに、リハみたいな感じで聴いてもらってたんだ」

 と言うと、若いファンに微笑んでみせた。男子はやっと緊張を解いたようだ。

 「お前、やるねえ。…どうせなら、ハコでやってる感じでやってやんなよ」

 黒崎はそう言いながら、ふたりにあごをしゃくってボックス席にと合図した。

 「じゃあ、急に来てくれた若いお客さんのために、やらせてもらいます」

 KENTの言葉に、中学生ふたりは目を輝かせて拍手した。…しかし男子はカウンターに寄って来ると、

 「あの、なんか飲み物とか注文しなきゃいけないですよね?」

 と、小声で言う。

 「そんなもんいらねえよ。…あ、なんかあったかや、ちょっと待ってて」

 黒崎はそう言うと、冷蔵庫から瓶のコカ・コーラを2本持ち出して男子に渡した。


 KENTは予期せぬシークレットライブに、しゃがれ声を張り上げた。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ