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ふきだまり  作者: 村松康弘
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となりの町のお嬢さん 12 ― 完 ―

 ホール内が全灯になった。古いR&Bが流れる中、小堀は黒崎の撤収を手伝う。目が合っても黒崎はなにも言ってこなかった。一度楽屋へ行くと荷物をまとめる。

「上出来だったな、まるで長年やってるバンドみてえなグルーヴだった。……初ライブなのに健太は大したもんだ」

 ひとり上機嫌のミワがそう言って、スネアをケースにしまう。だが3人の態度を見て、

「あれ、どうした?なんかあったか?」

 と、不審な顔をした。カラサワが手短に説明すると、

「そうだったんか、……俺のとこからじゃなんもわからねえからな」

 と、言いながらソファーでタバコに火を点ける。

「なんか気を遣わせてしまってすみません、俺のためにみんなが協力してくれたのに」

 ひと段落するとシライが楽屋に来た。

「健太くん、いいじゃん。またやりなよ。このメンバーが集まれることはなかなかないだろうから、ソロでやるのもいいじゃん」

 と、言ってくれた。

 すべてを終わらせると、スガワが呼んでくれた2台のタクシーに乗り込む。小堀は黒崎と一緒だ。乗った途端、黒崎のスマホが鳴る。わかった、とだけ言って電話を切った。

「亜紀が打ち上げの準備はばっちりだとさ」

 結局、亜紀はふきだまりに残ってみんなを待っているようだ。


 ふきだまりに着くと、『CLOSED』のプレートが掛かったドアを開ける。ボックス席のテーブルにはオードブルや中華料理や酒類が並べられ、いい匂いが漂っている。

「これ、全部亜紀が作ったの?」

 小堀が聞くと、忙しそうに動いている亜紀が、そうだよ、と言った。

 5人で乾杯すると、争うように料理と酒に手が伸びる。亜紀を手伝うように、小堀はサーバーで生ビールを作って運んでいく。あっという間におかわりのオーダーが来るので、席に着いていられない。

 しばらく飲み食いすると、亜紀が今日の様子を聞いてきた。ほろ酔い加減のカラサワが小堀の顛末を話すと、

「そうなんだ、健太がかわいそうだな。……じゃあ、あたしが彼女になってあげるぅ」

 と言いながら小堀に身体を寄せて、肩に頭を乗せてきた。

「いや、亜紀はいいよ。いつひっぱたかれるかヒヤヒヤするのはごめんだ」

 全員が笑うと、小堀はあらためてあいさつした。

「今日は本当にありがとうございました。生意気なことを言いますが、できればずっとこのバンドを続けていきたいです。……それと彼女のことですが、俺なんとか吹っ切れると思うんで、大丈夫です」

 黒崎は熱燗、カラサワはターキーのロック、ミワは麦焼酎のロック、亜紀と小堀だけずっと生ビールを飲んでいる。


 手を引かれたみゆきは外に出ると、袖を振って振りほどく。怪訝な顔のまま先を行く成海を無視してゆっくり歩き、健太の顔を声を思い返す。……彼は自分でも言っていたが、いつもひたむきそのものだった。

 自販機コーナーで会話してから1週間ほどだが、あの時の印象と大きく変わっていた。鍛えられたしゃがれ声、高音域をしぼりだすように歌う時のゆがめた顔。そして客席をまっすぐに見つめる目、多分、毎日のように練習したのだろう。頬も痩せたように見えた。……みゆきはなぜか胸が苦しくなった。

 そこに、理不尽な暴力に耐えている姿、田上を助けていた時の一生懸命な姿が重なり、なおさら胸が締めつけられる。(なんだろう、この感覚……もしかして……)

 成海は身体を小刻みに揺らしながら立ち止まっている。ようやくみゆきがそばまで来ると言った。

「あの歌ってたのがみゆきの同僚か?……バックバンドはかなりの腕前だったが、あいつはやっぱ素人って感じだな。一生懸命やってるのはわかるが所詮素人。……なんか不器用そうなのが顔に出て……」

 そこまで言いかけた成海の顔が横を向く、そして痛みに顔をしかめている。……みゆきが平手打ちしたのだ。

「あなたみたいな、みてくれだけで中身のない人間に、なにがわかるのよ! いつも人の批判ばっかりで! ……あなたは変わった、必死にボールを投げていた頃とすべてが違う。私はあの時のあなたとつきあったの。変わってしまった今のあなたは全然好きじゃない。……だからあなたと別れるわ、もう会うこともないでしょう」

 そう吐き捨てると、踵を返して今まで歩いてきた道を引き返す。

「なんだよ! ……いいよ、俺はお前なんかいなくても女には不自由してねえんだ、後悔したっておせえからな!」

 立ち止まる様子も振り返る様子も見せないみゆきに腹を立てた成海は、そばに立っている自販機を蹴飛ばした。

 白い息を吐きながらローズまでの道を戻っていく、ようやく着いてドアを開けたが、そこにはふたりのスタッフしか残っていなかった。

 みゆきが小堀たちの行先を聞くと、若い方のスタッフが、『ふきだまり』という飲み屋の場所を教えてくれた。送ろうか、と言ってくれたが断る。夜道を歩きながら小堀のことを考えていたかったからだ。

 

 『CLOSED』のドアの中ではカラサワがL1を弾き、ミワがカホンを叩いて、キャロルの『夏の終わり』を歌っているが、酔っぱらっていて歌詞も音程も怪しい。さっきから失恋の歌ばかりだった。

 カウンターのガス台で徳利の燗をつけている亜紀が、怪訝な顔でふたりに言う。

「ちょっとお、ふたりとも。健太がかわいそうじゃん!」

「いいんだよ、俺はそのうち吹っ切れると思うから。……吹っ切らなきゃ、うん」

 小堀はいくらかヤケ酒気味にターキーをあおっている。

 ……カウベルが控えめに鳴ると、ドアが薄めに開いた。顔を見て誰もが動きを止める。(みゆき……、どういうことだ)小堀はその光景が信じられない。

「失礼します、……あの、入ってもいいですか?」

 呆気にとられている亜紀が、どうぞ、と言うと、頭を下げて入ってきた。小堀が立ち上がる。ちょうどカウンターの前で向き合う格好になる。

 小柄なみゆきが見上げてくる、冷えた頬が赤くなっていた。しばらく見つめあったあと、みゆきが言った。

「小堀さん……、健太くん、あなたのことが好きです」

 聞いた瞬間、小堀は感電したように全身に衝撃が走った。カラサワは目を丸くしたまま、ミワは口をポカンと開けたまま、黒崎はくわえタバコのまま、亜紀は徳利の首をつまんだまま、ポーズボタンを押したように止まっている。

「……もしもあなたに彼女がいなくて、もしも私でよければ、つきあってください。お願いします」



 ……小堀がなんと答えたのか、今後ふたりがどうなって行くのか、言う必要はないだろう。

 ただ、『となりの町のお嬢さん』の歌詞の結末とはきっと違っているはずだ。



 ― 完 ―




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― 新着の感想 ―
[良い点] 『となりの町のお嬢さん』拝読致しまして。 お仕事のシーン、ライブの臨場感、初めて音を合わせる時の興奮、全てにリアリティがあり、世界観にのめり込むことができました。 リフトの事故のシーンは…
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