となりの町のお嬢さん 11
――19時30分、みゆきは成海が運転するプリウスの助手席で苛立っていた。19時の約束にもかかわらず、みゆきの家に到着したのはつい先ほどだったからだ。……こんなことなら自分ひとりで行けば良かったと、後悔した。
久々に見た成海の容姿はまた変化していた。服装は普通だが、髪型や顔がまるでホストかモデルのように、『若い女受け狙い』的に作られていた。以前より鼻筋が整っていて、精巧な蝋人形に見える。
みゆきが貸した5万円の使いみちがなんとなくわかった。
成海はみゆきの不機嫌を感じ取ったのか、前を走る車に異常に接近すると、
「鈍くせえ車だな、ちんたらしやがって、まったく!」
と、罵っている。(……このセリフ、どこかで聞いたことがある)みゆきは記憶のページをめくり思い出した。それは田上が小堀を罵倒していた時のそれだった。
土曜日の夜のわりに道路は混んでいる、20時5分前にやっとコインパーキングに到着した。助手席を降りたみゆきは、早足で門前通りを歩いていく。ちょっと待てよ、と後ろで成美が騒いでいた。
ライブは予定通りに進んでいた、前のギターユニットのステージが終わり撤収すると、小堀のバンドがセッティングをはじめる。小堀はギターシールドをラインのジャックに直結するだけなので、すぐに完了した。
客電が点いているホールに目を向ける、みゆきの姿はまだなかった。
セッティングが終わると小堀と黒崎、カラサワはパイプ椅子に腰かける。ホール内にオープニングSEが流れてきた。ドアーズの『ピープル・アー・ストレンジ』、シライの選曲だろう。
客電は完全に落ちてはいない。事前にカラサワが、『客の顔がわかる程度の暗さ』と頼んであった。小堀への配慮だ。
SEがフェイドアウトしていく中、ふたりの客が正面の後方、カウンターの前に現れた。(あ……)客の姿を認めると小堀は凍りついた。
小柄なみゆきと一緒に来て並んで立っているのは、みゆきより頭ひとつ以上背の高い男だった。まるでモデルのようにスタイルが良く、イケメン俳優のようにとてつもなく整った顔をしている。ふたりは寄りそってカウンターに凭れていた。
SEが終わり沈黙が訪れた、カラサワはあらかじめ決めてあったMCをはじめない小堀に目を向けた。目を見開いたまま硬直している小堀の視線の先に目をやる。(……そういうことか)手を挙げてシライに合図を出した。
「こんばんは、KENTA with BLUESFREAKSです。今夜はヴォーカルの健太のデビュー戦てことで、本人は緊張してるようですが、はじめます」
カラサワは怪訝な表情の黒崎に、アイコンタクトを送った。憂歌団カバーの、『嫌んなった』のイントロを弾き出す。小堀はその間に頬を2回叩いた、そしてしわがれ声で歌い出す。
『嫌んなった あの野郎 他に男がいたなんて こんなつらいのは まるで初めてさ』
奇しくもその歌詞はあまりにもタイムリーすぎた。
黒崎のギブソンのフルアコ、カラサワのレリックなフェンダージャズベースがブルージーに絡む。ミワはワンタムのセットでバンブースティックを握り、粋なフィルを回している。
曲の後半の高音域、小堀は顔をゆがめてしぼりだすようにシャウトした。
1曲目が終わり、気を取り直した小堀がMCをはじめる。
「俺、今夜生まれてはじめてステージに立ちました。すべてはふきだまりという店で、黒さんに出会えたからです。そんでカラサワさん、ミワさんというかっこいいメンバーにも出会え、こうしてステージに立たせてもらっている。ホントに夢のようです。……普段はあまり面白くもない仕事の毎日ですが、ひたむきに生きてりゃいいことあるなって思いました。……次の曲は『眠れない夜』です」
すかさずミワがリズムを刻み、原曲よりも派手なフィルインを決めて4人の音が重なる。本家は泉谷しげるの古い曲だが、黒崎のギターリフが入ると、よりブルージーに変わった。カラサワの緩急をつけたベースラインのおかげで、うねるようなグルーヴが生み出される。
小堀の正面後方のふたりが、相手の耳に口を寄せて会話しているのが見えた。その密着かげんに思わず目を落とす。(仕方ねえ、仕方ねえよ。……考えてみろよ、あんなかわいい子に彼氏がいねえわけねえじゃん。そこまで考えず、ひとりで舞い上がってた俺がバカだったんだ)そう思ったら少しだけ気が楽になり、雄叫びのような声をギターソロに絡ませた。
曲が終わると思った以上の拍手がもらえた。「ケンター!」と、声をかけてくれた客もいた。黒崎がチューニングしている間に、最後のMCを入れる。
「俺にとって忘れられない夜になりました。……見に来てくれた方々、そしてスタッフに感謝します。またここに来ます。……KENTA with BLUESFREAKSでした、ありがとう」
ミワのカウントで曲がはじまる、吉田拓郎カバーの『となりの町のお嬢さん』だ。シャッフルビートの明るい曲調だが、歌詞は切ない恋の歌。
2番を歌い出すと不意に胸がつまった、自然に涙が出てきてたまらずに上を向く。歌詞が途切れるとカラサワが代わりに歌ってくれた。その合間に素早く目を拭う。
ギターソロを入れている黒崎と目が合う、唇をゆがめてうなづく。優しい目だと思った。
拍手と指笛の鳴る中、ステージが終わる。小堀は見ないようにしていたが、つい正面を見ると、背の高い男に引っ張られるように出口へ向かうみゆきが見えた。振り向いたみゆきと一瞬目が合ったが、後ろについた客の姿に阻まれてすぐに見えなくなった。




