となりの町のお嬢さん 8
外に出ると、フォークリフトを載せたセルフローダーが出ていくところだった。フォークリフトはあちこち破損してフロントガラスがなくなっている。ローダートラックの運転席のドアにフォークリフトメーカーの名前が入っていた。
見送るように立っている、グループ長の風間の姿が見えた。風間は小堀に気づき、少し微笑んだ。
「田上は命に別条はないそうだ、ただ全身打撲と左足がリフトと地面に挟まれたんで重症らしい。…小堀が機転を利かせてくれたんで早く救出できたって、みんな言ってたよ。救急隊員も、救出に手間取っていたら手遅れだったと言っていた。小堀は本当によくやってくれたよ、ありがとう」
風間は小堀にとって、会社で唯一尊敬できる存在だ。…いえ、とだけ答えると、
「今回のことは田上の無茶な行動が大きな原因だが、あいつの日頃の態度や姿勢に対して、指導してこなかった俺に責任があると思っている。申し訳なかった」
「風間さんだけの責任じゃないですよ、注意しなかったり見て見ぬふりしてきた、俺たちも同じです」
田上は調子のいい男で、風間がいるところでは普段の暴君ぶりを隠蔽して、誰よりも真面目そうに振る舞う。そして職場の連中もなにも言わないので、風間が気づかないのも無理はなかった。
待ちかねた就業のベルが鳴り、更衣室へ向かう。作業日報は明日の朝書くことにした。服を着替えるとロッカー扉の小さな鏡で、髪型を直し顔をチェックした。薄い無精ひげが伸びていて後悔したが、仕方ない。
腕時計は17時10分、自販機コーナーに着くとドキドキしながらドアを開ける。…センターにある木製の赤いベンチに座っているみゆきが見えた。
小堀に気づくと立ち上がり、少し微笑んだ。ベンチと同じような色のダッフルコート姿で、ボトルのコーヒーを差し出してくる。…毎朝のと同じボトルを受け取ると、まだ熱い。
「ありがとう、待ちましたか?」
目を合わせられないままの小堀に、
「着いたところです」
と、微笑んでいるようだ。…その声もかわいく思えた。間近でチラ見すると、みゆきは小柄で顔も小さかった。170センチの自分とちょうどいい身長差だと勝手に思う。
ふたりは並んでベンチに腰掛けた。
「なんか、まともに話すの初めてですね」
「そうですね、入社してから2年も経つのにね」
みゆきが自分の方を向いているのはわかっているが、小堀はボトルのキャップに目を落としたまま言った。
「あの…、ひっくり返ったフォークリフトを起こして助けていたの、小堀さんでしょ?」
どうやら覆面のような自分に気づいていたらしい。小堀は、そう、とだけ答える。
「ときどき田上さんから暴力受けたり、ひどいことされてるのも小堀さんでしょ?」
みゆきがそんなことまで知っていて驚いた。同時に、かっこ悪いとこ見られていたなと落胆する。
「…まあ、それはホントにときどきだけど」
小堀は弁解したが、歯切れは悪かった。
「何度か見たことあるから…。でもそんなことしてくる相手なのに、一生懸命助けてるの見て感動しちゃって。それでひと言言いたくなったの…。優しい人なんだね、小堀さん」
顔を上げるとみゆきと目が合った、ドギマギしてすぐに逸らす。
「いや、あの場合誰でも同じことしたと思う。…相手が嫌なヤツでも一応職場の仲間だし」
「やっぱ嫌なヤツなんだ」
みゆきは、うふふと笑った。…いつの間にか打ち解けて、ふたりとも敬語を使わなくなっていることが嬉しかった。
「私が話したかったことは以上です」
みゆきはそう言うと、立ち上がりかけた。
「みゆきさんは音楽とかライブハウスとか、興味ある?」
自分でも考えていなかったことが、つい口から出た。そして初めて彼女の名前を呼んだことに気づく。
「高校の頃はよく行ったなー、学校からわりと近い『アッシュトレイズ・ローズ』とか」
小堀はその名前を聞いて、軽い興奮を覚えた。
「俺、ギターやってて、今度そのアッシュトレイズ・ローズに出るかもしれないんだ」
小堀は、もうみゆきと目を合わせても大丈夫になっている。もっとつながりたい気持ちがそうさせているのだろう。
「その…、俺が出るとき、見に来てくれるってことはできる?」
焦って回りくどい言い方をしどろもどろになって話す。精一杯の告白だった。
「へえ、小堀さんギターやってるんだ。…うん、用事がなければ行く行くー」
屈託のないみゆきの顔を見て、自分は夢を見ているんじゃないかと思った。




