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ふきだまり  作者: 村松康弘
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となりの町のお嬢さん 6

 更衣室で作業着に着替え、事務所の隣室の作業員詰所に行く。どうでもいい朝礼に顔を出すためだ。普段は屋外の朝礼広場だが、雨や雪の日は室内でやる。幹部や上司たちが濡れたくないからだ。

 屋外でもそうだが、ここが自分の位置みたいな意識が各自にあって、始まる10分前にはなんとなく並んでいる。

 入り口に近い前列にいる年かさの作業員がふたり、パチンコでスッた話をしていた。小堀はその類いに興味がないので、あいさつだけすると後ろの方へ行く。

 後方の壁にもたれている田上がいた、自分の方を見ているので形だけ軽く頭を下げる。朝礼前でフードもマスクも着けていないので、その不機嫌な顔がまるごと見えた。

 …伸びた癖毛の頭髪、色黒で髭が濃くあごのない顔、黒いハの字眉毛にいつも充血した目、なんら関わることがなかったとしても、その容貌のすべてが嫌いだった。小堀にとって『いけ好かない』顔なのだ。

 

 ― 2年前の入社の日を思い出した。

 式のあと配属先のこの部署に来た時、この『生理的に無理』な顔が早速近づいてきた。そしていきなり、

 「お前、どこの学校出てんだ」

 と、聞いてきた。

 それまでの人生で、自分のことをお前呼ばわりする人間はたくさんいたが、不快に思うことはあまりなかった。むしろ親しみを覚えたぐらいだ。

 しかし、いきなりこの男に呼ばれた時は無性に癪に障った。

 「○○工業高校です」

 仕方なしに答えると田上は唇をゆがめた。

 「なんだ、高卒枠で来たんか、お前。…うちの会社も工業には甘えんだよなー、今どき新規採用は大卒のみってもんだぜ」

 見下した態度の田上は、初対面の人間に対して失礼きわまりないことを言った。あまりに不愉快だったのでその場から去ろうとすると、

 「俺は○○大学を卒業してんだ」

 と、聞いてもいないことを言ってきた。自分の学歴を自慢するつもりで言ったようだが、(それがどうした)としか思えなかった。

 小堀はこの反りの合わなそうな男から離れるため、

 「そうですか」

 と言って立ち去った。

 …考えてみると、初対面のその日から田上との関係は最悪で、今までいいことなどなにひとつなかった。


 朝礼が終わると各グループに分かれて、危険予知活動をやる。年がら年中同じ作業の繰り返しでネタなどないのだが、ルールなので形式上だけは一応やる。

 面倒なことを終わらせると、自分の担当しているフォークリフトの始業前点検。エンジンオイルのレベルを確認している時、田上が乗ったフォークリフトがすぐそばをすり抜けていった。…相変わらず構内速度を無視したスピードだ。

 場内に雪が積もると機動性の悪いフォークリフトは動けなくなるので、当番が早出で除雪をする。広い場所は除雪専用のアタッチメントを付けたホイルローダ、狭いところはバケットを付けたフォークリフトでやる。両方ともタイヤにはチェーンを巻いている。

 しかし綺麗に除雪しても日中の気温が0℃以下の日は、昼間でも凍結してしまう。いわゆるブラックアイスバーンという状態だ。


 小堀はいつもと同じように製品が載ったパレットを、工場から配送ヤードや倉庫に運搬していた。いつも構内速度を守っているが、今日は路面状態が良くないので普段よりも慎重に運転している。特にカーブや建物の角を曲がる時は気をつけた。

 それは自分がケガをしないためにというのが一番の理由だが、この会社は事故や過失で車両や設備を損傷させると、あとが面倒くさいのだ。

 安全担当部がお出ましになって、長時間のヒアリングや事故審議会でこってりしぼられ、こと細かく調査された報告書が全社に出回る。そしていづれ給料や賞与にも跳ね返ってくる。

 当事者だけならまだいい、自分が所属するグループ長やグループメンバーにもとばっちりが行く。

 だから小堀は絶対に無理や無茶をしない。…そもそも運搬担当者が運ぶ量ははじめから無理のない工程で計画されているので、あわてる必要などないのだ。

 

 …思いもよらないことが起こったのはこの後だった。

 午前10時前、朝からの雪は止んでいたが冷たい風が構内を吹き荒れていた。

 工場の搬出口にあるデジタル気温計はマイナス3℃を示していたが、屋根とキャノピーフレームという骨格のみのリフトの運転席は吹きさらし状態なので、体感温度は計測値より低い。冷たく強い風は路上の水分も凍らせた。

 小堀は田上と2台で、工場から出てくるカップみそ汁の製品を倉庫に運んでいる。

 小堀が2往復するところを、田上は3往復、タイミングによってはそれ以上運んでいた。小堀が荷を載せた状態で倉庫に向かって走っている時、田上がその右側を抜いていった。(あんなに急いで走る必要あんのかよ、…バカとしか思えねえな)小堀は思いながら後方から見ていた。

 (それに荷物の位置が高いぜ、…大丈夫かよ)小堀は爪の高さを地上20センチ程度にしていたが、田上は50センチ以上上げていた。

 2台が走る直線の先は建物の角で日陰だった。田上のリフトがその角に差し掛かった時、駆動輪である前輪が左へ滑った。(あっ!滑ってる!)小堀は減速して様子を見た。

 田上はスピードを落とさずに右に急ハンドルを切る。リフトの後輪操舵の小さなタイヤが一瞬のうちに90度近い角度に向いた。急ハンドル操作のせいで車体はロックが掛かった状態になってしまっている。

 オーバースピードと高い荷物位置、そこで急旋回したのでただでさえ重心の高いフォークリフトは、右側の前後輪が浮き上がった。(あぶねえ!)小堀はブレーキを踏んで停車して様子を見る。

 …リフトの重心点が車体の範囲を超え横転していく、田上は右に身体を振り右手でキャノピーの柱をつかもうとした。だが手は届かずリフトもろとも倒れていく。

 激しい衝突音とともにリフトが横倒しになった。パレットの製品も地面に叩きつけられ梱包が解けると、あたり一面に散乱した。

 



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