となりの町のお嬢さん 4
演奏はギターソロに入り、歪んだ音にワウワウが掛かった、多分クライベイビーのペダルの音だろう。(うわあ、マスターが弾いてんのかな、このソロ。…この曲はたしかクロスロード…)
― クロスロードの原曲はブルースの神ともいえるロバート・ジョンソンだが、エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーのブルースロックバンド、クリームのカバーが有名だ。聴こえているのは間違いなくクリームバージョンだ。しかしそれぞれのパートは要所以外は、アドリブでプレイしているようだ。
小堀はムズムズしながらガラスの扉を開けると、急勾配の階段を上がっていく。途中、壁にケースをぶつけたので、胸の前で抱きかかえるようにした。
2階に行くとテナント会社のドアが開いていて、その前で男が腕組みしたまま体でリズムを刻んでいた。心地よさそうに上体を揺らしている。小堀はそのそばをすり抜けようとした時、男が気づき、
「おー!失礼、失礼!」
と、必要以上にに太くて大きな声で言った。眼鏡の奥のギョロリとした目で小堀に笑いかけると、
「君も黒崎さんのお弟子さんかな?」
と聞いてきた。
「弟子ってわけじゃありませんが、ギターというか音楽を教えてもらってます」
小堀はそう言って頭を下げると、暗い階段を上がっていく。
黒いドアには『CLOSED』のプレートが掛かっていたが、まさか開けずにはいられない。ドキドキしながらドアを開けると、爆音が漏れる店内に顔だけ突っ込んだ。
…ボックス席を壁際に寄せて、フロアーの中央で向き合ってプレイしている3人の姿が見えた。スツールに座ってレリック調のストラトキャスターを弾いているのはやはりマスターだったが、同じくスツールでギブソンのEB3ベースを弾いている人と、トラベラーという小型のドラムセットを叩いている人は知らない人だった。
目の前で繰り広げられている演奏の迫力に、小堀の顔は鳥肌が立つ。…長い後奏の部分をマスターのソロと、フレット上を縦横無尽に指が動き回るベースのフレーズが絡み合い、そこにシングルヘッドのトラベラーとは思えない打音のドラムのフィルが入る。…小堀は店の入り口までは入ってきたが、動けずに突っ立っている。
ようやく演奏が終わると、マスターはストラトのヘッドの弦にはさんだタバコを取って煙を吐き、
「よう、やっぱし来たか」
と、声をかけてくれた。他のふたりも振り向いて小堀を見た。また緊張が走り、ケースを抱いたまま頭を下げる。ベースとドラムの人はマスターよりも若い感じで、30代前半のように見えた。
長めの茶髪でイケメンなベースの人は真冬なのに黒いタンクトップ姿だ、肩にスカルと薔薇のタトゥーがある。ドレッドヘアーで髭を生やしたドラムの人は目つきが鋭くて、ちょっと恐い感じだ。
「俺の仲間っつうか、学校の後輩でもある、工業のな。10年も下だけど。…ベースがカラサワ、ドラムがミワ、本当はここにスガワってヤツが入って三羽鴉ってバンドなんだが、スガワはハコで仕事中だ」
小堀は3人を見回してから、あらためて頭を下げた。
「久々にこのメンバーで合わせたけど、やっぱ黒さんのギターいいわ。…リョウタとはまた違った古臭さというか渋さというか」
カラサワがカウンターの生ビールに手を伸ばしながら言った。(…マスター、黒さんていうのか)小堀は思う。
「最後の掛け合いんとこ、コウヤけっこうムキになってたよな。あそこまで弾きまくること、本番でもねえんじゃねえ」
タオルで首筋を拭きながらミワが笑う、笑った顔は意外と人懐こい感じに見えた。
黒崎がギターをスタンドに立てかけスツールを定位置に戻すと、カラサワもベースを置き、アンプのスイッチを切るとカウンターに向く。ミワはドラムスローンから腰を上げ、カラサワの隣に座る。
「どうした、まあ座れよ」
突っ立ったままの小堀に声をかけると、黒崎はカウンターの中に入る。小堀は恐縮しながらミワの隣に腰を下ろす。
「昨日、こいつとアコギセッションしてたら、俺も火が点いちまってな。…名前なんてったっけ」
「小堀です、よろしくお願いします。…それと俺も工業の卒業生なんです」
昨日ここに来た時と同じように緊張したまま言うと、
「じゃあ、黒さん筆頭に、みんな工業のOBだな。…ローズのシライさんも、たしかそうだっけ」
ミワが小堀のとなりで笑った。…やはり笑った顔は柔和な感じに見える。
「じゃあさ、入学式の翌日の対面式の時、3年生の方からトイレットペーパー飛んでこなかったか?」
ミワの向こうのカラサワが、顔を前に傾げて小堀に聞いてきた。
「飛んできましたよ、俺に当たりました。…その代わり3年生の時は投げましたけど」
小堀の告白に、カラサワとミワは大笑いした。
「やってることは今も変わらねえんだな、工業は。…教頭はマイクで、やめなさい!って注意するけど、ヤツらもホントは期待してんだぜ。今年もやるかなって」
ミワが言うとカラサワは手を叩いて笑った。…その姿は自分と同級生のようだと小堀は思った。




