表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふきだまり  作者: 村松康弘
37/68

となりの町のお嬢さん 3

 翌朝、酒は残ってはいなかったが気分は沈んでいた。また今日も同じことの繰り返しがはじまると思うと、朝礼前からため息が出た。

 作業がはじまると小堀はいつものように、淡々とフォークリフトで製品を搬送していく。近々新商品が発売になるらしく、関東方面への出荷が多いようだった。

 顔なじみになった箱トレーラーの運転手に手を上げて挨拶をすると、

 「午前中から雪になるから早めに長野を脱出しなきゃ」

 と言って運転手は笑っていた。小堀は配送ヤードから工場の出荷口へ戻っていく。

 …その時、フォークリフトの後部に衝撃を感じた。小堀はあわててバックミラーを見ると、その原因がわかった。5歳上の田上という先輩社員が、フォークリフトの空爪で小堀のフォークリフトの尻を突いてきたのだ。

 危険きわまる行為に腹が立って、その場でパーキングブレーキのレバーを引いた。振り返ると田上がフォークリフトから降りてくる。

 「小堀!てめえ鈍くせえんだよ!…いつもいつもチンタラしやがって!」

 ヘルメットにマスクだから表情は見えないが、不機嫌な目で睨んでいるのはわかった。

 「…俺は構内速度守ってるだけですよ。田上さんこそあんなに飛ばしてルール違反じゃないですか!」

 普段、小堀が反発することはめったにないが、昨夜の楽しかった出来事と日常のつまらなさの落差にウンザリして、つい反抗してしまった。

 「なんだと、てめえ!」

 田上はフォークのシートに座っている小堀の胸ぐらをつかむと引き下ろし、そのまま腹に膝蹴りを食らわせてきた。ううっ!と呻くと、今朝飲んだ缶コーヒーがこみ上げてくる。かろうじて喉元で止まったが、理不尽な文句を言われ挙句に暴力まで振るわれたことが許せなくなり、右手の拳を握った。(…この野郎、許せねえ)小堀は下から田上を睨みつけた。

 …その時、配送ヤードの向こうにある事務棟の入り口に立つ、徳永みゆきの姿が視野の端に入った。(みゆき…)小堀はとっさに拳を緩め、田上から目を逸らした。…みゆきの目が心配そうにこっちを見ていたからだ。


 徳永みゆきは小堀と同期入社で経理部に在籍している。みゆきも高卒だが小堀と同じように、地元商業高校の卒業生の就職枠があり、その枠で入社したのだ。

 …小堀は入社式当日、みゆきを初めて見た瞬間に激しく胸が高鳴った。中学の頃のわずかな期間に同じクラスの女子と交際したことはあったが、まるで比べ物にならないほどの感情だった。

 日本のとあるロックバンドの歌詞に、『体の血が逆流して、血管の中突進していく』というフレーズを聴いたことがあったが、まさしくそんな感じだった。とにかくみゆきのすべてに一目惚れしたのだ。


 この姿では小堀だと気づいていないかもしれないが、つまらないことはやめようと思った。…田上は内心、小堀の怒りの目に怖気づいていたが、その様子が消えたのを見てあわてて身体を離した。

 「俺に口答えしてんじゃねえぞ、年下のくせに」

 そう吐き捨てると逃げるように去っていった。

 

 終業のベルが鳴ると同時に小堀は事務所へ向かう。目が合った課長に軽く頭を下げると、なにか言いたげな視線を無視してあわただしく作業日報を書き込むと、早々に事務所を出た。

 少し遠い更衣室まで早足で歩いていると、背後で、小堀!と呼ぶ声がした。振り向かなくとも田上だとわかったが、聞こえないふりをして更衣室に入る。…声はここまで追っては来なかった。

 (もう就業時間は過ぎてる、…時間外まで嫌な野郎に応じる必要などない)小堀は心の中で言いながら、白い衛生作業服から私服に着替えた。

 正門で守衛に社員証を提示して会社を出る。…トレーラーの運転手は降雪を警戒していたが、今日は小雪がチラチラ舞う程度で済んだ。

 普段は自転車で通っているが、この時期の道路はあちこちで圧雪が凍結しているので、冬は徒歩での通勤だ。それでも10分ほどのところにアパートがある。部屋に入るとケースに入れっぱなしのギターをつかんで外に出た。

 もう1月の末だからだいぶ日が長くなっていたが、市街地に着く頃には夕闇が迫っていて、帰宅の車たちのライトは点灯している。

 (…ちょっと早すぎたかな)小堀は思って歩いているが、ふと立ち止まる。…昨夜のセッションの時に切れた弦がそのままだったことに気づいたからだ。

 中央通りに入ると何軒かの楽器屋がある、小堀は一番手前の店に入ると、ヘビーゲージを2セットと切れた弦を単品で買った。店内に吊るしてある高価なギターを眺め、試奏したくなったがそのまま店を出る。

 ふきだまりがある通りに入り、黒崎ビルの下まで来ると音が聴こえてきた。見上げるとやはりふきだまりからのようだ。だが音はギターだけじゃなく、ベースとドラムの音も混じっている。明らかにバンド編成の音だった。…小堀はたまらないほどワクワクしてくる。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ