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ふきだまり  作者: 村松康弘
36/68

となりの町のお嬢さん 2

 深夜、小堀はギターケースをさげて自宅のアパートへと歩いていた。おそらく気温はマイナス5℃ほどだろうが、ふきだまりで飲んだストレートのバーボンがまだ効いていて、さほど寒くは感じなかった。

 たどりつくと玄関前のアプローチに積もった雪を足で払ってから、キーを挿しひとり暮らしのドアを開ける。6畳1間の1DKの部屋は真っ暗なうえに冷え切っている。

 手さぐりで灯りを点けるとファンヒーターのスイッチを入れ、あおむけにベッドに寝転がった。


 …マスターの目の前でケースから出したギターを構えると緊張したが、小堀は自分のレパートリー、と言っても、吉田拓郎や泉谷しげる、加川良、友部正人などの古い楽曲のカバーだが、弾きながら歌いはじめるといつの間にか緊張は飛んだ。

 そのうちにマスターはニヤリと唇をゆがめると、壁からL1を下ろして小堀のストロークにリードやソロを絡ませてくる。小堀が弾いた曲は全部知っているらしく、次々と気の利いたフレーズを織り交ぜてきた。

 小堀はその気持ちよさにいつしか大声で歌っている。ギターを弾くようになって2年ちょっとだが、初めてやったセッションがこんなに楽しくて、気持ちのいいものだったとは知らなかった。

 相乗効果というか、マスターの演奏に合わせて弾いていると、普段よりも正確にストロークやカッティングができるようになっている。まるで自分が上手くなったような錯覚をした。

 夢中になりすぎて3弦と4弦を同時に切ってしまったので、途中で演奏が止まった。

 「なかなかいいじゃねえ」

 マスターはそう言うとギターを置いて、酒棚からターキーのボトルとグラスをふたつ出してきた。

 「あ、お前飲めんのか」

 小堀は普段、夏場の暑い夜にビールを飲む程度だが、飲めないことはなかった。それ以上にマスターが自分のためにグラスを用意してくれたことが嬉しくて、

 「いただきます!」

 とグラスを受け取り、強そうな液体を注いでもらった。…初めて飲んだバーボンは予想以上に強くて、喉から食道が灼ける。はーっ!と熱い息を吐くと、途端に腹の中が熱くなった。

 「初めて飲んだみてえだな、…こいつは他んのよか強えんだ。50度ある」

 マスターは笑いながら美味そうに口に運んでいる。

 小堀は酒棚の下にあるステレオと多数のLPレコードが並んでいるのを、目ざとく見つけた。

 「マスター、あそこのレコード、リクエストしてもいいんですか?」

 酔いが回ってきて図々しくなっている自分に気がついた、あまりに気分がいいので饒舌になっているのだ。マスターは小堀の聴きたい曲を探してターンテーブルに載せた。

 小堀のリクエストした曲のレコードは全部あり、嬉しくなってターキーを次々とおかわりする。飲み過ぎているのはわかったが、どうにも止まらない。…うつろな目でふと壁の時計を見ると1時を回っていた。途端にハッと我に返った小堀は、

 「明日も仕事なの忘れてました。…今日は本当にありがとうございました。すごい勉強になりました」

 と言いながら財布を出すと、

 「銭はいらねえよ。…なんか久々に音を出したわ、俺も少しは気がまぎれた。…気が向いたらまた来いよ」

 マスターの笑顔の奥にハッとするような深い翳りを感じたが、小堀はギターをケースにしまうと、

 「また来ます!今夜はごちそうさまでした」

 と言い、ふきだまりをあとにした。

 

 あおむけに転がったまま、今夜の出来事を思い返していたが明日も仕事だったことを思い出し、寝巻き代わりのトレーナーの上下に着替える。

 小堀は地元の工業高校を2年前に卒業して、これまた地元の味噌メーカーに就職した。今や規模の大きい企業は大卒でないと求人も来ないが、この会社は昔から地元の工業高校卒業生が入れる枠を用意してあった。高校OBがこの会社で活躍しているという実績があるからだろう。

 だが入社してもうじき2年になるが、小堀は仕事になんの魅力も感じず気力もなかった。朝8時から5時まで、頭から足元まですっぽりと衛生作業着を着こみマスクを着けて、工場から出てくる梱包された商品が積まれたパレットをフォークリフトで倉庫や配送ヤードに搬送していくだけの仕事に。


 「シャワーはいいや、めんどくせえ。…今寝りゃ5時間は寝れるか」

 小堀はひとり言を言いながら冷たい布団にもぐりこんだが、バーボンでまだ火照っている身体にちょうど良かった。(…今夜は楽しかったなあ、またマスターとセッションしてえなあ。…そんで近いうちにライブハウスデビューだ!)

 ベッドに入って3分もしないうちに小堀は眠りに落ちた。



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