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ふきだまり  作者: 村松康弘
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最後の約束 3

 木原は母親が乗らなくなった古い軽自動車を運転して、ハローワークに向かう。刑務所で服役していても免許の更新は出来たのでありがたかったが、久々の運転なので感覚を取り戻すのに少し時間がかかった。

 ハローワークでは高望みせず様々な業種を調べてみたが、あまり良い情報はなかった。そして自分の前科を考えるとどうしても二の足を踏んでしまう気持ちもある。

 その足でかつて交流のあったガソリンスタンドや自動車屋など、あいさつがてらに寄ったが掛けてくれる言葉とは裏腹に、どこか態度がよそよそしかった。誰もが、前科者と関わってなんらかのデメリットを被りたくないのだろう。要するに自分は厄介者なのだと肌で感じた。

 駐車場に停めた軽自動車の中で、かつて自分が勤務していた『北信観光バス』に顔を出そうかと思ったが、その思いは即、打ち消した。自分が起こした事件で一番迷惑を被ったのはその会社だろうと思ったからだ。

 

 木原はふと昨夜の出来事を思い出す。…駅前を歩いていたところ3人の少年に絡まれた。…金を貸せ、と脅され靴を踏みつけられたが、相手にする気はなかった。しかし少年たちは執拗で、その中のひとりがつかみかかってきたので、つい身体が反応してしまい少年を叩きのめした。

 そしてその頃には自分の中の獣が目を覚ましてしまって、心は冷静ながらもあとのふたりもまとめて叩きのめしてしまった。ひとりを片付けた時にふたりは明らかに怯えていたにも関わらず、だ。

 木原は自分の拳を見つめて反省した。

 …その時もうひとつ思い出したことがある。3人を路上に転がして踵を返した時、近くのファッションビルの角に立っていた男の目。何気なくこちらの様子を窺っていたようだが、あの目は普通の人間の目ではなかった。…刑務所の中でも何度か見た『戦慄をおぼえる目』だった。それらはほとんどが、自分と同じく人を殺したことのある受刑者だった。

 自分はすぐに立ち去ったが、背後にはまだこちらを見続けている気配が痛いほどだった。…そしてあの男とはどこかで再会するような予感もした。


 夕方になると昨日食べた煮物が、無性にまた食べたくなった。…しかしまさかそれが実の娘が作ったものだったとは夢にも思わなかった。

 昨日、木原はなんのあてもなく市街地をふらりと歩いていて急に酒が飲みたくなり、立ち止まったのがあの場所だった。ビルを見上げて何気なくテナントの表示を見ると3階に『パブ ふきだまり』とあった。

 その名前がいかにも自分に似合っているような気がしたので、気まぐれに入ってみたのだ。そして別れた女房と再会する…、まるでドラマのような偶然だった。

 木原は一度市営住宅まで戻り、車を置いてから市街地へと歩いていく。日の入りがだいぶ遅くなってきていた。…冬至が1年のうち最も昼の時間が短い日だが、日の入りが最も早いのは12月5日から10日だ。ピークから40日も経っているのでだいぶ違っていた。

 

 黒崎は酒棚のボトルを拭いている。ドアが開くと木原が入ってきた。…昨日と同じぐらいの時間か。思わず唇をゆがめると、

 「やあ、いらっしゃい」

 と言った。…昨夜、紀美江は帰る間際に、木原は近いうちにもう一度来る、と予言した。そして来たらすぐに自分に連絡をしてほしいと言って帰っていった。

 「今日も来てしまって」

 木原は気恥ずかしい顔をして左端のスツールに座る。

 「今日も冷や酒にするかね、木原さん」

 黒崎は名前を言ったが、木原は気にした様子もなく黙ってうなづいた。一升瓶とグラス、そして長皿に載せたカレイの煮つけを出す。それは夕べ遅くに紀美江が作っていったものだ。

 木原は感嘆の声を上げると美味そうに食べる。紀美江は好物とわかっていてこれを作っていったのだろう。

 しばらくすると酒棚の下の大量のレコードに気づき、

 「すごい数のレコードだね、マスター」

 と言い、音源の数々を眺める。

 「古い物ばっかりだけどね、なにかリクエストがあれば探すけど」

 木原は少し考えると思い出したように、

 「矢沢永吉の『最後の約束』あるかな、思い入れのある曲なんだ」

 黒崎はレコードの背を探って見つけ出した、2枚組のベストアルバムに入っていた。ターンテーブルに載せて針を落とすと、木原は目を閉じて聴き入った。

 黒崎はポケットから携帯を取り出すと階段ホールへ行き、携帯を操作した。

 

 


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