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ふきだまり  作者: 村松康弘
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ゴンドラの唄 1

 両手に買い物袋を提げて黒崎が帰ってきた。冬はいよいよ本番となり、ここのところ朝晩の冷え込みは厳しい。雪のちらつく夕暮れ時だった。

 肩の雪を払うと階段を上っていく、急勾配だから重い荷物がある時はきつい。2階に着くと不意にドアが開き、

 「お世話さまです!…荷物持ちましょうか!」

 2階のテナントのカワセミノルフーズの社長が、黒崎を見て言った。…無駄に太くて大きな声だった。眼鏡の奥のギョロリとした目が印象的な男だ。

 「いやいや、けっこうですよ」

 黒崎は頭を下げると階段を上る、2階から上の照明が極端に暗いので、家主といえど足元が見づらい。3階に着いて黒いドアの前に来た時、黒崎はなにかにつまづいて転びそうになった。

 おっと、と言いながらもなんとか転倒せずに済む。…なにもないはずのところに、なにかがあった。黒崎の目はしだいに暗がりに慣れ、その異物が見えた。…それは人間だった。

 ふきだまりの黒いドアに背を凭せ座っている老人のように見えた。足をまっすぐに投げ出した姿勢で、黒崎はそれにつまづいたようだ。

 「誰だ、あんた」

 老人らしき人間に聞くが、う、うう、と小さな声で呻くだけだ。しだいにその姿がはっきりしてきた。

 洗ってないらしい乱れた白髪頭、白い無精ひげに真っ黒な顔、薄汚れた作業着の上下にそこらじゅう破れた安物のパイロットジャンパーを着ていた。(ホームレスか…)黒崎は悟った。

 「あんた、ここに居るのは構わねえが、ドアの前だとつまづいてあんたも怪我するから、もっと奥に行きな」

 …長野の真冬は厳しい、市街地であってもマイナス10℃になることはザラだ。老人は寒さをしのぐためにここに入り込んできたのだろう。

 ここなら雪や風をしのげる、路上や建物のすき間にいるよりはるかにマシだろう。黒崎はそう思い、追い出す気にはならなかった。

 老人は言葉を理解したようで、また小さく呻くとズルズルと奥へ這っていった。その様子を見てドアの鍵を開けた。

 

 (どこから流れてきたじいさんか知らねえが、冬はきついだろうに)そう思いながら買ってきた材料を冷蔵庫に収めていく。

 …長野は降雪や寒さのせいで東京や大阪や名古屋のように、公園に住み着いているホームレスなどまず存在しない。この寒さに耐える体力があるのなら働いた方がいい。

 反射式ストーブに火を入れている時に、外で『きゃーっ!』と悲鳴が聞こえた。その声に黒崎は唇をゆがめる。ドアがいきなり開くと、

 「まこっさん!」

 亜紀が血相を変えて入ってきた。…亜紀はこないだから高校に復帰しているが、頼みもしないのにバイトと称してちょいちょいやって来る。洗い物や掃除、紀美江に教わってきたつまみを作って客に出すので、自由にさせているが、一番の理由はフジに会うためなのだ。

 だがフジがいつ来るかは黒崎も亜紀も知らないので、亜紀は会えたら『当たりの日』、会えなかったら『外れの日』と言って帰っていく。

 「外に人が倒れてるー!死んでるかも!」

 と、目を丸くして騒いだ。黒崎は唇をゆがめたまま首を横に振る。

 「大丈夫なの?」

 亜紀はなおも心配そうだ、しかしそれは老人の体調よりも防犯上の心配のようだ。

 「なにもしやしねえよ、…この冷え込みじゃ誰だって寒い。好きにさせてやるさ」

 亜紀はカウンターに入ると冷蔵庫を開けた。

 「わあ!めずらしくいろいろ入ってる!…じゃあ今日は」

 と言いながらブルーのエプロンを着けて、スマホを眺めた。紀美江レシピでも見ているのだろう。


 …黒革のコートの肩を濡らしたフジが入ってきた、くわえタバコのまま、

 「外にホームレスが寝てるぞ」

 と、怪訝な顔で言った。ガス台の前の亜紀が『今日は当たりい』と、ひとりで喜んでいる。

 それから2組の客が入ってきたが、どちらもなにも言わなかった。暗い上にどこかで飲んだ帰りに寄ったらしいから、酒に酔っていて気づかなかったのだろう。


 1時を過ぎた頃、フジが腰を上げた。

 「これから柴犬と夜の散歩に行かなきゃ」

 と、らしくないことを言う。あわてて亜紀がエプロンを外して、

 「あたしも上がりまーす」

 と言って、フジについていった。


 黒崎は店の施錠がてら外をのぞいた、入口の奥で横になっている老人の姿が見える。近づいてみると、ごうごうといびきをかいていた。

 (たくましいじいさんだ…)感心しながら店に戻ると、ペントハウスまで上がり予備の毛布を持ち出した。老人を起こさないように掛けてやる。

 (ちょっとはマシだろ)黒崎はドアを閉めた。



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