表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふきだまり  作者: 村松康弘
24/68

十戒 3

 嫌なことを思い出したのか、宙を見つめる亜紀の目はキッとなにかを睨んでいるようだ。大きな目だが少し吊り上がっている。黒崎はその顔が誰かに似ていると思った。

 亜紀は我に返り缶ビールを飲み干すと、もう忘れたかのように笑顔になる。コロコロと表情が変わる娘だ。

そして酒棚の下のステレオと大量のLPに気づく。

 「それ、レコードってヤツ?」

 と聞いてきた。今の子どもたちは知っていても見たことはないかも知れない。亜紀はカウンターに置いたスマホを操作して音楽を流した。

 いまどきの曲かと思ったら、黒崎も知っているメロディーだった。


 『発破かけたげる さあカタつけてよ やわな生き方を変えられないかぎり 限界なんだわ 坊やイライラするわ』


 黒崎は気づいた。

 「お前の顔、若い頃の中森明菜に似てんな。…その睨みつける目が特に」

 亜紀はその言葉に嬉しそうな顔をした。

 「あたし、明菜大好きなんだ!…オカンが名前のうしろに『ナ』をつけてくれたらよかったのに」


 カウベルが鳴ったので亜紀は振り向いた、背の高い男が入ってくる。オールバックの黒髪に切れ長の細く鋭い目。(うわ!かっこいい…)亜紀はその危険な雰囲気の男に、胸が高鳴った。

 同級生などはいくらイケメンといえど、しょせん親のスネかじりの甘ったれた顔だった。だから同い年の男など惚れたこともない。

 3カ月前に別れた男は、亜紀よりも8歳上の職人だった。男が転職して遠い地に引っ越すことになったので、仕方なく別れたのだ。

 

 「ドアの前にこのカバンが置いてあったぜ」

 男は右手に提げたバッグをカウンターに置いた。それは紛れもなく亜紀のものだった。…母親がわざわざ持ってきて置いたのだろう。それはまさに家に帰れないという証だ。

 「あ、それあたしの…」

 亜紀が小さな声で言うと、男は冷めたような視線を送ってきた。亜紀はドキンとする。男の目は黒崎に移動した。

 「こいつ、同級生の娘。ここであずかれって言われて困ってる。…そうだフジ、お前んとこであずかれよ」

 亜紀は、まるで犬や猫のように扱われていることに少し腹が立ったが、(この男のとこならいいかも…)と淡い期待を寄せた。だが男は、

 「そんなんダメに決まってんだろ。…俺さ、こないだ昔飼ってたのとそっくりの柴犬もらったんだ。そんで同じ『ケン』て名前つけて。これがかわいいんだよ」

 と、顔にふさわしくないことを言った。…亜紀はますます犬猫扱いにふてくされた。

 「お前、なんていうの」

 フジと呼ばれた男は、かがんで顔を近づけて聞いた。身体から香水だかコロンの匂いが漂っている。その香りも亜紀好みだった。

 「亜紀…です」

 男は、ふうん、と言うと興味をなくしたように顔を離し、右端のスツールに座った。亜紀は顔を右に向け、

 「フジ…って名前なんですか」

 と聞くと、フジはあいまいにうなづいた。

 「フジさんかあ、…富士山ですね」

 亜紀はひとりで笑うと、目の前に指で山の形を作った。黒崎とフジは同時に苦笑する。

 「じゃあ、ここであずかるしかねえか。…紀美江が許してくれるまで、仕方ねえよな」

 黒崎は亜紀に向かって言う。亜紀はもう覚悟を決めた。

 「はい、オカンがいいって言うまでお世話になります」

 と頭を下げた。

 「黒さん、手を出すなよ」

 タバコに火を点けながらフジが言う。

 「同級生の娘だぜ。…ありえねえよ」

 黒崎は酒棚の方に向くと振り返り、

 「お前が飲みてえ酒はあるか」

 と聞いた。亜紀は、うーん、と言いながら並んだ酒を見回し、

 「じゃあ、無難なとこでジャックダニエル!」

 その言葉に、黒崎とフジは目を見合わせ笑った。

 「ませた小娘だ」

 黒崎はボトルを下すと、3個のグラスを並べる。

 …亜紀の新生活のはじまりだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ