恍惚のブルース 6 ― 完 ―
― 午前3時。
フジの携帯が鳴った、松代パーキングエリアにいる凄子からだ。金田の車を発見したとの知らせだった。
「わかった、すぐ行く」
そう言うとフジは、柴山から借りたコンパクトカーを発車させて、姨捨サービスエリアから出ると本線に合流した。この時間だから交通は少ない。
「あいつの読みが当たったな」
左車線から右車線に移動すると、速度を150キロまで上げる。
『やばそうなブツだとしたら、横浜で受け取ったその日のうちに引き渡すだろう。となれば高速道路上のサービスエリアかパーキングエリアで渡す可能性が高い。夜中の高速施設だから街中よりも人目につきづらいし、アクセスもいい。とすれば長野市に近いサービスエリアが引き渡し場所になってる可能性が高い』
というのが柴山の推察だった。
金田が警察にマークされていることは、先方も気づいているだろう。となれば今夜の仕事の時に動きだす可能性は非常に高い。…金田の口を封じるために。
フジたちは長野市に近い、『姨捨SA』『松代PA』『小布施PA』に分散して張っていた。
15分ほどで松代PAに入ると、普通車エリアに凄子の黒いレビンが見えた。フジはその左側に停車すると、助手席に乗り込んだ。
あれだ、と凄子が指さした先に、金田の白い軽自動車が停まっている。最前列の右端だ。ふたりは黙って見つめていた。
…10分ほどすると、軽の左に白いセダンが滑り込んできた。レンタカーだ。金田と同時に男が降りてきたが、帽子に眼鏡にマスクなので人相はわからなかったが、小柄な男だった。
金田と男は短くなにかを話したあと、金田は軽の後部座席から大きめの段ボール箱を出してきた。かなり重そうに運んでいる。
男はレンタカーのトランクを開けると、金田から受け取った箱をしまう。金田はもうふたつの箱を出すと、ふたりでトランクにしまい込んだ。
ふたりは片手を挙げると各々の車に乗り込む。レンタカーは間髪入れずに発車した。…フジは車に戻った。
1分ほど経った頃、金田が発車し本線へと向かって行った。フジと凄子も後を追うように動きだす。すると金田の出発を待っていたように、大型エリアから大型の箱トラックが飛び出して、金田の軽に追随していく。
フジは黒い胸騒ぎを感じた。『FU 聞こえるか』助手席に置いたトランシーバーが呼んだ。『SE どうぞ』…トランシーバーは簡単に傍受できるので名前は伏せている。
『あのトラック怪しいぜ、…どうぞ』『了解』…フジたちは金田がブツを渡したあとが危ないと踏んでいた。
このまま走ると次のインターは『長野IC』だが、金田の自宅の位置を考えると次の『須坂長野東IC』だろうと見当をつけている。フジと凄子は、とにかくとりあえずは今夜、金田を無事に自宅まで見送ることが使命だと思っている。
フジと凄子は時速95キロで左車線を走っているトラックの後ろにつく。大型トラックは95キロで速度リミッターが働くので、最高速度だ。その先にいるはずの金田の軽は見えない。
しばらくそのまま巡航していたが、長野ICの分岐が過ぎてひとつめのトンネルを越えたところで、トラックの動きに変化が現れた。
一団の前後に車がいなくなったのを見計らったように、トラックは右車線に移動すると急にスピードを上げた。トラックがどいた先に金田の軽が現れる。…フジの胸騒ぎは高まってくる。
軽とトラックは束の間並走していたが、そのうちにトラックが軽の方へと車体を寄せてきた。
「あぶねえ!」
フジは叫んだ。軽は危険を察知して左へ寄るが、じきに路肩の白線を超える。フジと凄子は後方にいるが、どうすることもできない。
後ろの凄子のレビンが右に移動すると、速度を上げてトラックのすぐ後ろにつくと、ハイビーム状態でクラクションを鳴らし続ける。が、トラックは気にした様子はなく、大きな車体を軽に押しつけていく。
軽の運転席のドアにトラックのボディーが衝突してへこんだ。なおも構わずにジリジリと左へ追いやる。軽は必死で右にハンドルを切っているが、1トン足らずの車両が20トンオーバーのトラックにかなうはずもなく、どんどん左に寄っていく。コンクリートの擁壁に接触して火花を散らした。フジもクラクションを浴びせ続ける。
トラックは一度車体を右へと戻した。軽はボディーが離れたはずみで左右に揺れ出す。そこへ勢いをつけたトラックが再び軽に襲いかかった。運転席が潰れた軽が擁壁に激しく衝突すると、右前輪が吹っ飛びスピンをはじめる。
トラックは討ち取ったとばかりに右へ寄ると、加速して爆走していく。すぐ後ろを凄子のレビンが怒り狂ったように追いかけていった。
軽は完全に制御不能になり、2回転すると後ろ向きになって運転席を擁壁に叩きつけて止まった。フジは手前に停車すると飛び出していく。
軽に駆け寄るがその途端、爆発音が鳴りエンジン部から火の手が上がる。そして漏れ出したガソリンに引火すると、派手に炎が上りもうもうと黒い煙があたりを包んだ。
もう一度爆発を起こした頃には、軽は火だるまになっていた。
フジは呆然と立ちすくむ。…後続車たちは悲鳴を上げながら、右車線をゆっくり躱していった。
明け方、黒崎は金田が置いていったレコードを流していた。
『青江三奈 全曲集』の中の、『恍惚のブルース』が流れた時、ドアのカウベルがゴロゴロと鳴った。黒崎は振り返るがドアは開いてはいない。
立ち上がりドアを開けて外を見るが、そこには誰もいなかった。ただ暗闇があるだけだ。
戻りかけた時に携帯が鳴る、フジからだった。
出る前に黒崎はすべてを察した。
恍惚のブルース ― 完 ―




