恍惚のブルース 4
― 午前0時過ぎ、黒崎の携帯が鳴った。発信者は金田だった。電話に出ると、
「やあ、黒さんごめんごめん、電源切っちゃってて。…今、横浜から長野に向かってるとこ」
金田は平然とした調子で言った。
「お前、なにやってんだ!」
黒崎らしくもなく、思わず声を荒げた。フジが振り向いて眉をひそめる。
「なに怒ってんだよ。バイトさ、バイト。…いつもツイてねえ俺が、とびきり割のいい話にありついてさ。シフトの合間に運送屋やってんのさ。…軽で運んでるから、荷物は小せえけどな」
電話の向こうで音楽が鳴っている。また昭和のブルース演歌だろうか。
「お前、警察にマークされてんの知ってんのか、…今、お前が運んでる物がなんなのか知ってんのか」
黒崎は金田の能天気な言い草に苛立ってきた。
「警察?なんで俺が。…俺が運んでんのは、外資系企業の資料とかサンプル品とか新商品だぜ。…それがなんで警察にマークされんだよ」
黒崎の言葉に金田は不機嫌になる。
「外資の資料やサンプル?…お前、中身を確認したのか、実際にお前の目で見たのか」
「当たり前だろ、運搬の初日に横浜の会社の担当者が見せてくれたよ。…なんせ極秘の情報や商品だから、一般の運送業者には頼めない。信頼のおける人間に直接頼みたいってことで、俺に白羽の矢が立ったんだよ」
金田は誇らしげにそう言った。フジは天井を見上げて、なにか考えているようだ。
「2回目以降はどうなんだ、ちゃんと中身を見せてくれたのか」
黒崎が詰問するように言う。
「それは毎度同じ荷物だから、確認はしてねえよ。けっこう厳重に梱包してあるから、開けてくれとは言えねえし。…そういうのだって、お互いの信頼関係があってこその話だぜ。俺も向こうを信用してるし、向こうも同じさ」
金田は横浜の会社を信用しきっているらしく、疑う気はさらさらないようだ。
黒崎は少し考えて、質問を変えた。
「じゃあ、お前が長野で荷物を渡してる相手ってのは誰なんだ、個人か?会社か?」
フジは怪訝な目でやり取りを聞いている、ゴウゾウからの情報と合致していることに、ますます不安を募らせたようだ。
「…それは絶対に言えねえんだ。そこも企業の極秘ってヤツで、どういうつながりがあるかわかれば、そこから新商品の情報が漏れちまうからってことで、絶対に口外しないでくれと言われているんだ」
金田はもっともらしい理由に騙されて、完全にまるめ込まれていると思った。
「とにかくお前、その仕事はヤバい。本当にやめろ!」
洗脳状態になっている金田に掛けられる言葉は、それしかなかった。
それは黒崎が金田に対する、『古くからの友』としての忠告だった。…だが、金田は黙ったまま返事をしない。聞こえてくるのはカーステレオから流れている、ちあきなおみの『夜間飛行』のフレーズだった。
『あそこで愛されて あそこで別れた このままずっと どこにもおりず この夜の果て
二度と帰らないの そして帰らないの』
「金田、聞いてんのか。本当にやめろ」
もう一度言うと、金田はやっとしゃべりはじめた。
「…なあ、黒さん。警察が俺をマークしてるなんて、なんかの間違いだ。俺が運んでんのは外資の優良企業の機密物件だぜ。…俺はやりがいを感じてるし、なにより俺に入る運送料がバカ高い。タクシー転がして、朝から晩まで駆けずり回ってんのがバカバカしくなるほどだぜ。それほど高額なんだ。…だからいくら黒さんの忠告でも、それは聞けねえな」
黒崎は天井を見上げると、深いため息を吐く。見かねたフジが『俺に代われ』と手で合図したが、黒崎は首を振った。…相手が変わったところで同じだろう。
「わかった、じゃあこれだけは聞いてくれ。お前が警察にマークされてることは、たしかなことなんだ。…刑事がこの店にやって来て、俺とお前の関係を聞いてきた。…ただのタクシー運転手が、そんなことを聞かれることなんてねえだろう。…あとな、お前が警察にマークされてることを横浜が知ったらどうなると思う。…証拠品とともにお前は消されちまう可能性が高い」
黒崎は諭すように言った、電話の向こうは静かだ。やがて金田は言った。
「黒さん、忠告ありがとう。…でも俺は信じられねえし信じたくねえ。…そろそろ切るわ」
即座に電話は切れた。…黒崎は携帯をカウンターに放り出す。
「聞く耳持たなかったみてえだな…」
フジはそう言うと、残りのターキーを口に放り込んだ。




